あくまの教えてくん★
それから数日、とりあえず俺はココナにごくごく普通に接するように心がけた。急がば回れというヤツだ。
しかし、ココナの奴、最初に出会った頃のあの獣のような警戒心はどこへふっとんだのやら。
近頃は、なにかと、俺が行く先々についてくるようになってしまった。
毎日毎日アイツが言う事と言えばこうだ。
「ウル、僕に剣術を教えて!」
「ウル、僕に弓の使い方をおしえて!」
「ウル、僕に洗濯のやり方教えて!」
「ウル、僕に罠のつくりかた教えて!」
「ウル、呪具の事を教えて!」
「ウル、魚の釣り方教えて!」
ああああああ、くそう。気が変になりそうだ。
やっぱりうるさい。ガキはうざい。
俺の一人で過ごす貴重な時間を返してほしい。
もうお前はココナじゃなくて”あくまの教えてくん”と呼ぶことにしてやろう。心の中でな。
そんな中、何度かさりげなく聞いてみたのだが、どうもココナは母ちゃんを亡くした時の記憶が曖昧になってしまっているようだった。
その時の事だけは、いまいちしっかりと返答できないように見えるのだ。
人っていうのは嫌な出来事を無意識に消し去ってしまうことがあると聞いた事はあるが、どうやらそういう感じみたいだ。
ココナは自分が住んでいた町からここに逃げつくまでの記憶がほとんどないようだ。
「まるで本の中のその1ページだけが破られたみたい」と、ココナはそう言っていた。
ただ、かろうじて覚えているのは、剣を持った厳つい顔をした男たちが自分の家に押しかけてきて、そこで母ちゃんと一緒に慌てて逃げたというところまでだそうだ。
それに、母ちゃんの背中に会った呪詛の事も、知らないと言っていった。
とにかく少し時間をかけないと、なかなか真実の解明は進まなそうだ。
なんせ”真実”がわからないと呪いは解けないのだ。
ま、ガキの一人くらい増えたところで、食うに困らないくらいの蓄えはあるから、いいにはいいんだが。しかし、あまりグズグズしていたって仕方がねぇ。
そんな騒がしくなったある日。
俺は呪具の保管庫へ向かうことにした。当然のごとくココナの奴もついてくるとうるさい。
あちこちヘタにさわらない事を条件に俺はココナとキャンディと共に北の”ドクロ洞窟”へと向かった。
道中、背中に荷袋をかついで、息を切らしながら歩く俺をしり目にココナの奴は軽々と俺の前を進んでいく。
石から石へぴょんぴょん飛びはねやがって。おっさんくやしい。
やっぱわかいってすごいのね、おっさんにはもう輝かしいあの頃は戻ってこないのね。しくしく。
その時、胸ポケットからキャンディがつぶやいた。
「アタシ、前から聞きたかったんだけど」
「また今度な。俺、いま息あがってしゃべるのしんどい」
「いや、だからよ。どうしてこの山道の移動に呪具をつかわないの。便利なものいっぱいあるじゃない。移動が速くなる靴とかさ」
俺は乱れる息をなんとか整えて話す。
「そりゃおめー、呪具っつったってよ、もともとは普通の道具なわけよ。つかえば消耗するし、壊れもするわけ、だからここぞという時にしか使わないようにしてる。ただでさえ年季の入った古い物がおおいからな」
「こわれたらなおせばいいでしょ?」
「ノン、ノン、ノン、お嬢さん、呪具は修復不可能ですぜ。呪いは”その物”にかけられているからな」
キャンディはイラついたように大きな耳を振り回す。
「もったいぶった言い方はやめて、どういう事?」
「そうだな……例えば呪いの鉄剣の刃が一部欠けたとする」
「うん」
「そのかけた部分に新たな鉄をつぎ込んで補修しちまえば、それはもうまったくの別物。唯一の物以外の”不純物”が混ざれば呪具の力はあっというまに消え失せる。そこらの既製品と同じただの鉄剣になっちまうんだよ」
悩ましい声をあげながらキャンディはこちらにたずねる。
「じゃ、どこかが欠けてしまえばおわりってこと?」
「そのとーり。ま、無理に使えないことも無いが、圧倒的に”使いづらく”なる。だから大事にしないといけないんだよ。靴なんかはくくりひも一本切れたら終わりって物もあるんだよ。俺がどうしてこんな谷奥の洞窟にわざわざ呪具を保管しにきてると思ってんだ」
「隠すためじゃないの?」
俺は額の汗を腕で拭って続ける。
「もちろんそれもあるが、一番の理由は劣化防止だよ。あの洞窟はな、裏側にも隙間があって意外と風通しが良いんだ、そして冷暗。だからモノの保全にピッタリなんだよ」
「ふうん」
「そして定期的に見回りに来て、ふきふきして愛でる。まぁ錆に弱いものや、古いものは、使うにはどうしても限界があるな。そういうのはもう単なる観賞用さ」
キャンディは納得したのか大きくうなずいた。
「まぁ確かに、さびさびの兜とかあったけど、あんなのかぶれないわよね。呪いとかいう以前に」
「そうだ。指輪みたいな装飾品は壊れにくいからいいが、武器や防具は特に大事にしなきゃならんのよ。この前の戦闘で『つらぬきの短剣』が割れちまったからな。あれ無茶苦茶使い勝手が良かったんだ。だから今日は別の護身用武器をさがす為に来たんだ」
その時、少し先から悲鳴が聞こえた。
俺たちは顔を見合わせて、慌ててその場に駆けつける。
辿り着いたその場には、俺がココナと初めて出会った時の光景がそっくりそのまま再現されていた。
懲りないココナは”スネアトラップ”の縄に足首をとられて、さかさまにぶら下がっている。
逆さになって左右に揺れながら、俺たちを見て叫ぶ。
「ウル! たすけてぇ!」
「いい加減にしろ! 何度同じ罠にかかれば気が済むんだ!」