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医術師 ロナイ


「紋章師“さま”が、ワシなんかに何の用だい?」



カスパルと入れ替わりに俺の前に腰を下ろした医術師は、開口一番不服そうにそう言った。

妙にへりくだったような物言いの反面、態度のほうは随分とでかい。

ロナイと名乗った年老いた医術師は白衣の襟をさっと正すと、腕組をしてふんぞり返る。




「……ワシはなくなった人たちについては詳しい事は何も知らんよ。カスパル様の言いつけ通り、いくつかの薬を処方しただけだ」

「薬か……どんな薬を?」

「頭イタを押さえる薬をと言われれば、頭痛を抑える粉薬を。熱を下げる薬をと言われれば解熱の丸薬を。対処療法として、望みどおりのものを処方しただけだ」




医術師は特に魔術が扱える存在というわけではない。文字通り医術に携わるもの全般を指す言葉だ。

頼ってくる者たちに対して薬を処方したり、簡単な施術をしたり、時に心の安定をもたらす為に話を聞いたり。主に領民たちの健康を管理する師業なのだ。

ただし、さほど専門的な知識が必要というわけではないのが実情ではあるが。


ロナイは腕を組んだまま、何が不満なのかこちらに威嚇的な目つきをむける。

その視線の強さに嫌気がさしつつも俺は聞いてみた。




「魔法薬は使わなかったのかい?」

「魔法薬だって? あんな高価なものはおいそれと買えるモノではない。それに魔法薬は魔術が使える紋章師達を想定して作られた薬だろうに。魔力をもたない我々のようなものがみだりに使うべきではない。効果が強すぎてどんな副作用が出るかわからんのに……まったく、これだから紋章師の連中は……」




ロナイはわざとらしくため息をついた。




____ため息をつきたいのはこっちだ。





魔法薬が一般の者にとって副作用がきつすぎるなんていうのは、過去の話だ。いつの時代を生きているのやら。

最近は魔法薬の調整もかなり進んでいる。一般の者たちが使えるように効果が薄められたもの、副作用が抑えられたものも数多く誕生しているというのに。

俺は内心そう思いながらも、特に訂正はしなかった。

老いさらばえた頭の固い連中は、新しい事実を受け入れようとはしないものだ。俺もこうは成らないように注意しなければ、と自分を戒める。



今までのたった数回のやり取りで、ロナイが紋章師に対して敵愾心を燃やしているという事がよくわかった。

正直、この(たぐい)の人間には時々出会うのだ。

こういう人物に共通している事は二つ。


それは、過去にこの国で紋章師(※魔術師)になる為の“天資の儀式”を受けた人物。

そして、その“天資の儀式”を受けた結果、魔術の適正無しと判断され紋章師になり損ねた人物。


大抵、これに当てはまる。


この“天資の儀式に落ちて紋章師になり損ねた“という過去を持つ者の反応は、両極端に分かれてしまうのだ。紋章師を過大評価すようになるか、または、過小評価するようになるか。

過剰なほどに崇拝するか、それとも毛嫌いするか、どうやらロナイの場合は後者のようだ。くやしくて、くやしくて、嫉ましい。




____はぁ、面倒くせぇじいさんだ




ロナイは、ここぞとばかりに自分の感情を混ぜ込んだ質問をぶつけてくる。




「宮廷魔術騎士団の連中ってのは、いかにもエリートってツラをして偉そうに街を闊歩しているが……上官からの許可が無けりゃ魔術の一つも使えないのだろ?」

「当然だ。宮廷魔術騎士団に課せられている魔術規則はかなり厳しい。街中でおいそれと許可なく魔術を使っちまうと魔術規則違反で罰せられる」

「ふん、そんなので……いざという時、頼りになるのか。あんたもいちいち上官にお伺いを立ててから呪いの魔術を使うのか?」

「俺のこの格好をみて宮廷魔術騎士団に見えるのか?」




俺は自分が身に着けている薄汚れた綿製の上衣(チュニック)を指でつまんで見せた。

ロナイはじろりと俺の全身を見渡すと、「だが」と言葉を継いだ。




「……あんたらみたいな野良の紋章師ってのにも規則はあるんだろう?」

「あるにはあるが、宮廷魔術騎士団のような厳しい規則はない。許可を求めるべき上官なんてものは存在しないからな」

「ふぅん、じゃあ魔術が使い放題って事か」

「ところがどっこいそうでもない。宮廷魔術騎士団じゃなくても、紋章師には紋章師の魔術規則がかせられているのさ、普通の領民にかされる領則とは別にな」

「ほう、たとえばどんな?」



ロナイは興味深げに首を前に傾けた。



「いろいろとこまかな規定はある。数え上げればきりがねぇよ。簡単に言うと、魔術をよくないことにつかうと罰が与えられるって事さ。下手すりゃ紋章を奪われ魔術が扱えない身の上になる」




だから、紋章師による魔術犯罪というものは、他の犯罪に比べて格段にその発生率が少ないのだ。(表向きにはという話ではあるが)

なにせ、一度手にした魔術の力、この力を失うのは己の心臓を切りとられるよりも耐え難い苦痛となり得る。

これは実際に紋章師になり魔術の力を得た者にしかわからない感覚だろう。



俺の説明を、疑り深い表情で聞いていたロナイは口元をゆがめる。




「ふん、だからといって紋章師が正義の味方ってわけでもないだろ」

「別に正義の味方だなんて考えちゃいないさ。俺だってそんな清廉潔白な人間じゃあない」

「だろうな。どうせその魔術の才能を笠に着て、高額な報酬でも要求しているんだろう」

「……ぐ」




____痛いところ突く、図星です




ロナイは俺の引きつった顔を見て溜飲が下がったのか、にっと口角を上げた。




「ふふん。宮廷魔術騎士団だろうが、野良の紋章師だろうが、紋章師が特権階級であることに変わりはない。ワシらのような一般の領民とは一線を画す存在だ。なんだか、気に食わん」



ついにハッキリ言いやがった。

さらに、ロナイは続ける。



「ワシがもし“祝福の紋章師”(回復魔術を扱える紋章師)だったら、あっという間に街中の病人を治してやれるのに」



なんて高望みを。回復魔術の扱える祝福の紋章師は稀少紋章師といわれ、その絶対数がすくないというのに。ないものねだりも甚だしい。

俺はイジワルに言い返す。




「ムリだな」

「なに?」

「さっきいったじゃないか。魔術規則はお前さんが想像する以上に細かく厳しく制定されているんだよ。力には責任が伴うものだ、そんなに単純な話じゃあない」

「けっ、知った風な事をいいよって」




一体いつまでこんな話を続ける気だ。このくそジジイ。

オレの堪忍袋の緒も限界だ。無駄話はここまで。

俺は脱線しまくった話を元に戻そうと試みる。




「そんな事より、ジークベルの死に際について聞きたい、お前さん、最後まで診ていたんだろ?」

「まあな。結局何もできなかったが」

「カスパルから妙な話を聞いた。なんでも……死に方が異常だったと」




ロナイは、防御するかのように顔をしかめた。そしてぽつりと言った。




「たしかにね、ジークベル様や奥方様、それに娘様の、あの最後の表情はいまだに頭にこびりついて離れない。あの表情は……恐怖に満ちていた」

「どういうことだ?」

「死ぬ間際に訪れる恐怖……」



少しの沈黙の後、ロナイは目を伏せてこういった。




「あの引きつった顔。あれは間違いなく……何ものかに殺される直前に見せる、断末魔の顔だ。驚き、怒り、憎しみ、絶望、いろいろな負の感情が混ざりあった、この世で最も最悪な瞬間に見せる顔だよ」

「それ以外には?」

「首に痣があった」

「どんな?」

「ミミズが数匹はいまわったような痕さ、ジークベル様にも、奥様にも。そして最近亡くなった娘様にもね」




ロナイから一通りの話を聞き終えると、俺はメイドのアーシャにより屋敷の一階にあるガラス工房に案内された。


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