商人 カスパル ★
ではでは、あたらしいおはなしのはじまりです!!
それでは~。
カァン、コォン
フレイブル大聖堂の鐘の音が、真っ青な空から降り注ぐ。
この街に、正午の訪れを告げている。
額にじんわりとしみだす汗を手の甲で軽くなぞり俺は立ち止まる。
ふと、見上げた先には、お目当ての屋敷。
目抜き通りに面して並ぶ家々のなかでも、ひときわ目立つ白亜の屋敷。
今回の仕事の依頼主は商人家の長男らしいのだが、どうやら相当に羽振りがいいようだ。
「けっ……金はあるところから、とらねぇとな……」
仕事のモットーを念仏のようにつぶやくと俺は鉄の門をくぐり抜け、屋敷の庭園に入り込んだ。
すると、まるで俺の事をどこかから監視でもしていたかのように、メイドらしき女が木陰から音もなく現れた。
黒の地味なワンピース、腰には洗濯したてのように真っ白な麻のエプロンを巻いている。
その無表情な女は黒い髪を垂らしながら、静かに頭を下げると「お待ちしておりました、ウル様」と、これまた無感情な声でつぶやいた。
___まるで幽鬼のような女だ
そんな本音を包みこみ、俺は作り笑いで応じる。
「どうも。ここが硝子細工商人ショウブラ様のお屋敷かい?」
「さようでございます」
「実に大きな屋敷だねぇ。しかし、なんだか随分と静かで、」
「喪中で。ございますから」
俺の言葉をさえぎるような、メイドの冷たい切り返し。
言葉の刃でバッサリと切られた俺は、今のメイドの一言で口を滑らせたことに気づかされた。背中にひやりと冷たい氷がおちる。
____やべ、そういえば、死人が出ているんだった
俺は慌てて「この度は……」とお決まりのセリフを言いかけ、途中からもごもごと言葉を濁した。メイドはこちらを振りかえりもせず、無言で俺を案内する。
今回の依頼内容はまだ詳しくは聞いていない。
手紙でちらと読んだだけだ。
先日受け取った手紙によると、なんでもこの商人一家の人間が次々に怪死しているらしい。最初は何かの病気を疑ったようだが、医術師でもどうにもならず、結局、俺に白羽の矢が立ったようだ。
俺は、メイドの背を追いながら、徐々に近づいてくる大きな屋敷をちらりと眺める。
石造りの白い壁面にへばりついている窓という窓はすべて木製の雨戸で蓋をされている。大通りに面している商人屋敷というものは、大抵が仕事場や倉庫そして生活空間までが一緒くたになっているはずだ。おそらく大勢の者たちがこの屋敷内で生活しているはず。
だというのにこの静けさは何なのだ。
家族が死んで、一時的に商売を中断でもしているのか。
しかし、商売は水ものだ。喪中だからと言って仕事を休んでしまっては、あっという間に商売敵に機を奪われてしまうだろうに。
そんなおせっかいじみた事をぼんやり考えながら、俺はメイドの案内するまま屋敷の中に、するりと足を踏み入れた。
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客間に通され、依頼主と小さなテーブルをはさんで対面する。
商人の客間らしく、部屋のあちこちに何かの小道具が雑然とならんでいる。その他にも、壺や細長い陶器、見た事もない奇抜な色合いの調度品が所狭しと置かれている。
目の前に座る依頼主の男は、カスパル・ショウブラと名乗った。
毎日贅を尽くしたいいものを食っているのか、体はぼってりと肥えている。
しかし、顔から上だけが奇妙なほどにやつれていた。両の目の下にはまるでインクでひいたような赤黒い線がはっきりと浮かんでいる。
カスパルは、どこか寸法のあわない上衣の袖口をもじもじと弄りながら口を開いた。
「……父のジークベルが変死した後は母が死んだ。次は長男のわたしかとおもったら、先に妹が亡くなったんだ……」
カスパルは神経質そうな口調でそう話すと、癖のある赤毛の頭を指でバリバリとかきむしった。
商人一家ショウブラ家の長男。カスパル・ショウブラ。
おそらく齢、三十の少し手前。
父である先代が築き上げた財を突然相続し、その扱いにやや戸惑っていたところに、家族が次々になくなるという不幸に見舞われている。弱り目に祟り目、呪いのしわざ、と考えるのも無理はない。
ぱっと見たところ、胆力のある職人気質の男という印象は受けない。
どちらかというと部屋にこもるような研究者タイプか。
その時、俺たちをはさむテーブルの上にコトリと涼やかなグラスが置かれた。
俺を案内したさっきのメイドが、リンゴ水の入った半透明の青いグラスをふたつならべていく。
カスパルは、頭をかきむしる手を止めて、ちらとメイドに目をやると、かすかに口をほころばせ「ありがとう、アーシャ」と礼を言った。
アーシャと呼ばれたメイドは、小さくうなずくと客間を後にする。
俺はアーシャが扉をしめるのを待ち、そして、完全に気配が消えたことを感じ取ると、話を次に移す。
「呪いにこころあたりがあるのかい?」
「し、死に方が、ふつうじゃない」
「死に方?」
「ああ。最初はなにかの病気の発作かと思った。でも、父と母につづいて妹ともなってくると……ああああ! あの姿! 死の間際! 思い出すだけで気味が悪い!!」
今の今まで穏やかに話をしていたカスパルは、突然ぶるぶると震えだす。
目の前に置かれていたグラスを思い切り握ると乱暴に口元に押しあてる。
案の定。
「ゴフッ! ゲホッ! ゲホッ!」
カスパルは大きくむせ込む。グラスから顔を背け、苛立ちにまかせて勢いよくテーブルにグラスを投げつけた。グラスは粉々に砕けるかと思いきや、割れもせずにテーブルから跳ね返り、コロコロと転がった。こぼれたリンゴ水が真っ白のテーブルクロスにじんわりと染みをつくる。
____へぇ、随分と頑丈なグラスだ
俺はテーブルのうえで寝そべる青いグラスに感心した。
とまぁ、そんなことに感心している場合ではない。俺はグラスからカスパルに視線を戻す。
カスパルは、まだゲホゲホとやっている。
この男、かなり心が不安定のようだ。
「とりあえず、おちついてくれ」
「落ち着いていられるものか! 次は……次はわたしだ……わたしが……死ぬのだ。はやくなんとかしてくれ!」
「呪いっていうのはだな……相手がいて、」
「そんな講釈はいい! はやくなんとかしてくれ!! い、いいか! わ、わたしが死んだら報酬は払わんぞ! 銀貨百枚などと、足元をみよってからに! わたしが、死んだらびた一文払う気はないからな! 肝に銘じておけ!」
「……ったく」
____これでは話にならない
目の前で錯乱するカスパルをどうしたものかと冷めた目で眺めていると、カスパルはほどなく落ち着き始める。しかし息は乱れたままだ。
「……ふぅ、ふぅ……すまない。毎夜眠れず、気が立っているんだ……父や母たちについての詳しい話は医術師に聞いてくれ……もうじきにこの屋敷にくるから。ここで、少し待っていてくれ」
「え? 誰がくるって?」
聞き返す俺に見向きもせず、カスパルは立ち上がると、ふらふらとした足取りで客間から出ていった。気づまりな空気から解放されて、とりあえずほっとしていると、カスパルの代わりに入り込んできたのはメイドのアーシャだった。
アーシャは手にしていたトレーの上に、カスパルが投げつけたグラスをのせる。次に、手に持っていた手拭いでクロスの染みを押さえながら丹念にふき取っていく。
慣れた手つき。俺は興味に任せて聞いてみた。
「大変だな。お前さんのご主人様は、いつもああなのかい?」
「カスパル様は、わたくしの主ではございません」
アーシャは顔色一つ変えずに言い放った。
予想外の返答だ。アーシャはこちらを見もせずに黙々とテーブルの片づけを優先している。
俺はめげずに問いを重ねた。
「カスパルがご主人様じゃないのなら、お前さんのご主人様はだれなんだい?」
「ジークベル様です」
「……亡くなった先代。カスパルの父親であるジークベル?」
「さようでございます」
「へぇ、若く見えるが、この商人家に仕えて随分と長いってことかな……?」
アーシャは何も答えず、以降、無言のまま片付けを終えると、最後にぽつりと言った。
「もうじき、ジークベル様たちを看取った医術師の方が参られます。この部屋にご案内いたしますので、このままお待ちください」




