ついに届いた、血の通達 (第十五章 最終話)★
____何がそんなにおかしいのか。
まぶしい朝日が照らしだすのは、爽やかすぎる街道。
黄色い笑い声をあげながら肩を並べてあるくリラとロジータ。
まるで二輪の花のように揺れる乙女たちのその姿。おっさんには、まぶしすぎる光景です。すこしばかり感傷的な気分が忍びよる。
いつの間にやら、二人は随分と気安い間柄になっちまったようだ。
そんなふたりを後ろから眺めながら、俺は憂鬱に頭を悩ませる。
次の一手をどうしようかと考える。
ルガールの森の中に魔術陣によってつくりあげられた結界があると仮定する。
それは“魔女”を封印する為の結界だ。
その結界が森の街道工事により魔術陣ごと崩された。
結界が崩れたことにより“魔女”が目覚めた。
その“魔女”とやらの詳しい正体は、いまだ不明。
だとして。だな。
____はっきりいって俺たちにできる事なんて、ないに等しい。俺は呪いの紋章師。これは呪いを解くという俺の仕事の範疇ではない。
ふと、俺の頭にさきほど対面した領主アルトス・ジェインの顔が浮かんだ。
テーブル越しに、ゴミでも見るような目つきで俺たちを見ていたっけ。
ロジータの直談判のかいもなく、あっという間に追い出されちまった。
「はぁ、あの様子じゃ、俺たちにはもうあってもくれないだろうな。ちょいと“ツテ”を使うか……餅は餅屋っていうし」
過去に一度、呪いを解く仕事を一緒にしたことがある結界の紋章師がひとりいる。
そいつの名はクミル。
結界魔術を扱う事の出来る“結界の紋章師”は数自体が少ない。
彼ら彼女らは、扱う魔術の性質から、国防のかなめとしての役割を期待される。
それゆえ、こうった地方にはまずいない。
王都中央にある宮廷紋章調査局に配属されることがほとんどだ。
俺なんかの個人的な要請に宮廷紋章調査局に配属されているエリート紋章師が応じてくれるかどうかはわからない。しかし、クミルの情にわずかな期待を込めてみよう。
その時、遠くから土を蹴る音が耳に入る。
俺がふと後ろを振り返ると、真っ黒の大馬に乗り赤いマントをくゆらせてレオンハルトが勢いよく向かってくる姿が見えた。俺は前を歩く二人に声をかけると、ゆっくりと体の向きを変えて、その場に立ち止まった。
レオンハルトは大馬を止めると、背から降りもせず、慌てた様子で早口にしゃべる。
「ウル様、よかった。てっきり送迎馬車で帰られたかと」
「気分転換に皆で散歩しながら帰ろうかと。で、どうしたんだ?」
「早速で申し訳ないのですが、屋敷にお戻りください」
俺は思わぬセリフに首をかしげる。
「ん? さっきお前さんの仕える領主様に追い出されたところだぜ」
「そのアルトス様からのご依頼です」
「何かあったのか?」
「今朝、いましがた奇妙な手紙が……アルトス様宛に届いたのです。例の……フィリーネ様に届いた手紙と同じものでは……」
俺たちは全員で顔を見合わせる。
そしてレオンハルトに従い、再度屋敷に戻ることにした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さっきと同じ豪華な客間。
さっきと違う部分と言えば、俺たち4人が全員揃っている事と、俺たちの隣にレオンハルトが前菜の飾りのように、ちょこんと添えられている事くらいか。
いや、それともう一つ違う部分があった。
俺たちとアルトス・ジェインの隙間を埋める長テーブルのうえに、赤に染まった封筒が一つ、しずかに横たわっている事。
封筒は固く封じられている。何かの印が刻まれた黒い封蝋が、ベロの部分を開くまいとべっとりと貼りついている。
アルトス・ジェインはその封筒を一瞥すると、苦々しく口を開いた。
「この赤い封筒がなにかわかるか?」
俺は横一線に座るみなに目をやる。みな互いを探るような視線のまま、気まずそうに黙っている。
俺は「少し確認しても?」と告げてから、それを手に取った。
ざらついた手触り、どこにでもある洋型封筒は、なぜか赤く染色されている。
そして封を閉じているのは黒い封蝋。封蝋にはなにかの印が押されている。
二つの三角が横に並んでいる印。その模様に見覚えはない。
俺は一通りぐるりと確認した後、それを、そっとテーブルに戻した。
「これが何か?」
「……その印」
「こころあたりが?」
「それは、異端審問裁判所の印。二つの三角は異端審問裁判所の建物にある二本の尖塔を模したものだ」
____悪魔の角のような二つの尖塔を持つ異端審問裁判所、ふつうの領民裁判ではなく、宗教や魔術に関する判決を出す裁判所の事だ。しかし赤い封筒などを使用する慣例など、あまり聞いたことはないが。
アルトス・ジェインはまるで口にしたくない言葉を無理やり歯の檻のなかに閉じこめるかのように口をへの字に結んだ。
そして俺たちを、端から順に射抜くように鋭く見つめる。
今朝見せたネズミや吐物を見るような目とは少し違う。格上げか格下げかもよくわからない。
しばしの重たい沈黙のあと、俺たちの反応を確認してから、アルトス・ジェインは小さくため息をついた。
「これは、かつてこの地で行われた恥ずべき歴史。魔女狩り裁判のときに使用された赤い封筒を模したものだろう。この赤い封筒は、魔女だと判断された者の元に届く特別通達用の封筒でね。通称“血の通達”と呼ばれていたそうだ」
「血の……?」
「この時代にこんなものを使う者はおらぬ。それどころか、“血の通達”など知っているもののほうが少ないだろう。これがただの悪趣味な嫌がらせだとも思えん」
鉄面皮かとおもっていたアルトス・ジェインの表情に隙がみえた。まるで甲冑の継ぎ目のようにわずかに中が垣間見える瞬間だ。俺はすかさず、問いかける。
「俺たちの話を、少しは信用する気に?」
「……偶然というのは一度だからこそ、偶然だ。それが二度、三度と重なるとそれは必然という。魔女という言葉をこの短い間に別々の人間から3度聞いた」
「俺たち以外にも、あなたに忠告するものが居た……ということですね。賢明な判断かと」
「……ふっ、野良の紋章師風情が、随分な口を利くではないか……いや、お前はそういう雰囲気でもないな。元宮廷魔術騎士団員か?」
俺は返事をはぐらかした。
アルトス・ジェインはそれ以上俺の詮索をするでもなく、こういった。
「今回は忠告に耳を傾けよう。ルガールの森の街道工事はいったん中止とする。そして宮廷紋章調査局に要請を出し、結界の紋章師をこの地に遣わしてもらうことにする」
その言葉を聞いて、いの一番に飛び跳ねたのは、ロジータだった。
「やった! ほ、ほんとですか! ほんとに、ほんとに!?」
ロジータはそう言いながら、突然声をつまらせた。
「あの……ほんとに……ありがとうございます……アルトス・ジェイン様……アタシ……」
コロコロと変わるロジータの表情をみて、アルトス・ジェインはどこか困ったように目を細め落ち着いた声で話しかけた。
「……勘違いはしないでくれ。わたしが魔女を信じたわけではない事は告げておく。お前がヴァルツ家の人間だからこんな事をいうわけではないが……かつて行われた、あのような忌まわしい過去は繰り返されるべきではないのだ。どのような理由であれ、魔女狩り裁判ではおおくの紋章師達や領民たちが、凄惨な拷問の末に命を落としたのだ。わたしまでもが当時の領主のように、魔女の存在とやらを信じてしまうわけにはいかない」
ロジータは小さくうなずいてこういった。
「はい。わかっています。アタシ、別に、みんなに魔女の存在を認めさせたいわけじゃないんです。でも、アルトス様、あなたのいまの言葉で、すくなくとも……アタシの心は救われました」
アルトス・ジェインは何か言いたそうな表情を見せたものの、ロジータに話す猶予を与えた。
ロジータは取り乱さないよう自分の胸をぐっと押さえつけて、続けた。
「……ずっとずっと、ヴァルツ家のやったことが間違いだと思ってきた……それでも、どこかで信じたかったんです。アタシの先祖は嘘つきじゃないはずだって……だからずっと、ひとりで……魔女を探して……」
俺はその言葉にハッとさせられた。
____ロジータ。まさかそこまで思い詰めていたとは。だからあんなに必死に。
罪悪感が生まれた。彼女の思いに気がつけなかった過去の自分が歯がゆい。
その時、アルトス・ジェインがすっと立ち上がった。
そして先ほどまでとはまるで別人のように、天使のような微笑みを見せた。
「ロジータ。キミのその思いはきっと……ドミニカ・ヴァルツにも伝わったはずだ。そして、キミの事を誇りにおもっているに違いない。ま……こんなセリフ、わたしがいうようなセリフではないが。さて、話はここまでだ。これから早速仕事に取り掛かるとする」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
レオンハルトの導きで、俺たちは再びヴァルツ家の屋敷から送り出された。
俺たちは4人そろって街道を歩き出す。
出会ってからというもの、ずっと周囲に噛みついていたロジータは別人のようにおとなしくなっていた。もしかするとこっちが本来のロジータの姿なのかもしれない。
静かな時間が流れる中、リラが不意に「これで、この一連の人食い館の騒動は、おさまるのかな」とつぶやいた。少しの沈黙の後ロジータがはじける声で言った。
「おさまらなかったら、第二ラウンド開始よ!! リラ、ウル、リィピ! アンタたち全員付き合ってもらうからね!!」
ロジータはそう言うと、豪快に笑った。
その澄んだ声は朝の爽やかな空に響き渡った。
第十五章 恐怖の人食い館編 完
お疲れさんでした!!
ここまで読んでくださりありがとうございます!!
ではでは、また別のお話がかけたらなと思います!!




