ロジータの直談判
「我が妻、フィリーネの友人というからこんな朝っぱらから特別に会ってやったというのに、何を言うのかとおもえば……」
むっつりと黙り込んで俺達の話に耳を傾けていた男は、あきれたように口を開いた。
親指でたくましい鬢を撫でつけながら、この世の終わりかのようなため息をつく。
そして、ぽつりと「魔女などと……」と吐き捨てるようにつぶやいた。
機嫌が悪いのは寝起きだから、というわけでもなさそうだ。
フィリーネの特別な計らいで、俺たちはジェイン家領主、アルトス・ジェインとの面会を果たしていた。朝日の差し込む絢爛豪華な客間のテーブルをはさんで。
しかしながら、相手の反応は想像以上によくない。
____だからやめろと言ったのに。
俺はこの無謀な直談判を提案した隣にいるロジータを盗み見る。
しかし、彼女はまったくもって怯む気配はなさそうだ。
小さな手にあの手記帳をかかげている。
「領主様、ここにあるドミニカ・ヴァルツの手記は確かなものです!」
領主といえど、まだまだ若い。血気あるアルトス・ジェインは、まるで寝床に忍びこんだ忌々しいネズミでも見るかのような目でロジータを睨みつけた。
おおコワイ。
今となっては過去の話ではあるが、ロジータはかつてジェイン家と領主の座を争った因縁深きヴァルツ家一族の末裔なのだ。
そう考えると、気に入らないのも無理はないが、それにしても、というくらいの見下した険しい視線。俺の顔も、ついついひきつる。
「ま……まぁまぁ、落ち着けロジータ。すみませんね……」
アルトス・ジェインを守るように、後ろに控えていた屈強そうな兵士が、冷たい目で俺を刺す。口のきき方に気をつけろ、とその目はささやく。
アルトス・ジェインは仕方なさそうな顔で話をつづけた。
「ルガールの森に街道を通すのはベルク竜具商人団からの強い要望なのだ。見てみろ、この地を。ここにあるのは木と森ばかり。それで人が集まるわけがない。周辺地域から人を呼び込むには交易の発展が急務。その為には、交通の便を図ることが重要なのだ」
助け船、というわけでもないが俺はロジータのかわりに説明する。
「領主様。なにも街道工事をすべて中止しろってわけじゃあないんですよ。木で形づくられている魔術陣の場所をよけて道を作ってもらえればって話でね」
「同じことではないか。森の中央を迂回せねばならぬのなら道を通す意味がない。いや、むしろ余計に手間がかかるというものだ。その理由が百年前の魔女のせいだ、などとは……」
アルトス・ジェインの目つきはさらに険しさを増す。
こちらを見る視線は、ネズミから吐物へと格下げされた。
返す言葉もございません。
しかし、その百年前の魔女に次に狙われているのはアルトス・ジェイン、アンタだぜ。
と言ってやりたくもなるが、そんな話が通じるわけもなく。
そもそも、魔女の存在を主張しているのは今のところ俺達だけなのだ。
アルトス・ジェインをはじめ、この地のほとんどの人間は魔女の存在などはなから信じてはいないのだから。
聞かされた相手からすれば荒唐無稽な世迷言でしかない。
笑い話にすらなりゃしない。
客間を追い出された俺たちは、そのまま待ち合わせ場所に赴いた。
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ジェイン家の敷地の入り口にある門番小屋には、リラとリィピが先にいた。
俺は軽く手を挙げて声をかけた。
「よう、リラにリィピ。フィリーネの方はどうだった?」
リラはこちらに浮かない顔を向けた。
「ううん、まだ具合が悪いみたい。ずっと寝込んでいるって。結局会えなかったわ」
「そうか。アルトス・ジェインにあわせてくれた礼を言おうと思ったんだが」
「お礼なら私からレオンハルトには伝えたけれど。で、そっちはうまくいったの?」
俺は大きく頭を振った。
俺の隣にいるロジータは赤い顔で湯気を吹きながらぷりぷりと怒りをぶちまける。
「まったくもう! 何なのよあの男! こっちの話を全く信じようともしないじゃない!」
「あたりめぇだろ。そもそも魔女の存在自体を信じてねぇんだから」
「だから! アタシが直接説明しにいってやったのよ! それなのに!」
ロジータは朝起きの小鳥のようにぴぃぴぃと小うるさい。
「残念だが、ドミニカ・ヴァルツの手記帳だけじゃ、話にならねぇってこった」
「ふん! こうなったら身をもって知るがいいわ! 確か、次の魔女の標的はアルトス・ジェインなんでしょ! 魔女の餌食にでもなりなさい! いい気味だとわらってやるんだから!」
壁に耳あり。領主に対する罵詈雑言を、あろうことか領主の屋敷のまん前で。フィリーネの友人という肩書がなければ首が飛ぶところだ。
そんなロジータの剣幕を見てリラの後ろに突っ立っていたリィピが低くつぶやいた。
「ロジータ、怒る、よくない」




