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ヴァルツ家屋敷の地下迷宮からの離脱

俺は黒塗りの手鏡から手を離す。

途端、呪いから解放された俺の体は、ふっと軽くなった。

突き刺すような目の痛みも嘘のように消えさる。


呪いというものの性質上、そこには強い悪意や憎悪が込められているものだ。俺はそれを身体の深い部分で噛み砕き、そして一気に飲み下す。伴う痛みや悲しみと共に。


ゆっくりと手を胸にあてて、まとわりついた呪気を吐息でふぅっと追い払う。

目を伏せたその時、俺の視界にうつったのは台の片隅で丸まっていた羊皮紙。

俺はその丸く折りたたまれた羊皮紙を手に取ると、ゆっくりと開いた。




「これは……?」




そこには魔術陣が描かれていた。

精緻な古代文字が規則的にならび、幾重にも円形をかたちづくっている。

なんの魔術陣なのかは、俺には、皆目見当がつかない。

ロジータが隣から覗き込む。




「魔術陣ね。文字からするとドミニカ・ヴァルツの描いたものみたいだけど」

「筆跡がわかるのか?」

「この人の手記をなんども見たからね。この人の文字は角が内に鋭いのよ」

「ふむ……俺にはよくわからねぇな」



ロジータがふと首をかしげ「あれ? でもなんだか変ね。ここに地名が書いているわ」

と、魔術陣のちょうど右の端をなぞる。

俺の視線もつられて、そちらに引っ張られた。


なるほど確かに。

そこには“タルムの小川”という川の名が書かれている。

俺はおもわず、小さくつぶやいた。



「……地図の上に魔術陣を描いたのか?」

「……みたいね、だってほら、左の端には、このヴァルツ家の屋敷が建っている丘の名がかいてあるもの」

「……てことは……この魔術陣のある場所は位置的にちょうど」




____ルガールの森のあたりってことになる




俺はロジータの方に目をやり、ある一つの可能性を頭に浮かべながら聞いてみた。




「ロジータ、ドミニカ・ヴァルツの手記の中に魔女の事についてもう少しくわしく書かれていることはないか?」

「そうねぇ……断片的なものばかりだけど、この手記の最後に、意味深なメッセージがあるの」

「どんな?」



ロジータはページをめくり、手記の最後のあたりで手を止めると読み上げた。

それはまるで何かの懺悔のような言葉からはじまっていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




ああ、私は魔女を一掃することができなかった。

すまない。

どうしても見つけることができなかった。

どうしても姿を見せぬ最後の一人がいたようだ。

だから私は疑わしきあの地のすべてを破壊した。

村をつぶし、街をなぎ払い、すべてを焼き尽くした。

そしてそこに広大な魔術陣を敷いたのだ。

種をまいた。木を植えた。

更地になったあの場所に広大な森をつくったのだ。

あの森を壊してはならない。

あの森は魔女の災いから、皆を守っているのだから。

あの森の奥底には魔女がひそんでいるのだから。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




ロジータは手記を静かに読み終えた。

俺は視線を移し、リラにたずねる。



「リラ。植物や木の配置により魔術陣を描く、なんてことがあり得るのか?」

「……不可能ではないわ。それに、ドミニカ・ヴァルツという人物ならば、やりかねないわね」



リラの表情が無垢な少女から凛々しい紋章師の顔へとかわる。魔術について語る時、リラはやけに大人びる。俺は続ける。



「あの広大なルガールの森全体が、ひとつの魔術陣を形成しているとしたら」

「最近、街道をつくる為、ルガールの森の一部が壊されているという話よね。それってつまり」

「魔術陣の一部が崩されてしまったということになる」




その為に結界が解けた。

それにより、封印していた“魔女”とやらが、よみがえりかけているのかもしれない。


俺は魔術陣の描かれた羊皮紙と、黒塗りの手鏡を慎重に布にくるむと背中の荷袋に詰め込んだ。

そして二人に声をかけ、急いで出口に向かった。


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