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据え膳食わぬは男の恥じ ♡


トトは一通り亡骸を調べた後、白い毛布をかぶせて両手を合わせた。

俺もそれにならって祈りをささげる。

そして、俺は役目を全うする為に、客間へ続くドアをすこし開けた。が、途中でふと手を止めた。

扉の隙間からみたあいつらの姿に、なぜか目を奪われたのだ。




「……ほ、なんとまぁ」




男の子はキャンディと一緒にテーブル中央にある大きな水晶玉をのぞき込んで、随分と楽しそうにきゃっきゃと笑っていた。つい、さっきまでは真っ赤な目をして、世界の終わりのような表情を浮かべていたってのに。


それなのに、今は同年代の子供たちがふざけあうみたいに、キャンディとふざけ合っている。

俺はその姿に、どこかほっとした。そうだ、これが生きるという事なのだ。

肉親の死ほどつらい事はないだろう。しかも、それが母親ならばなおさら。

だからといって、ずっと悲しんでいるわけにはいかない。

腹は減るし、クソはでるし、眠くもなるし、楽しければ、笑うのだ。




「キャンディの奴……なかなかやるじゃないか」




そういえば、呪具『魂の鏡』にうつったキャンディの顔。

あのダークエルフの少女の顔は人間の子供でいえば10歳くらいだったような気がするな。

こいつらは、意外といい友達になれるのかもしれない。

俺は二人に声をかけるのをためらってしまった。しばらく部屋の中を探検して回っている楽しそうな二人の背中を、そのまま眺めていた。

すると、俺の耳元でなまめかしい、ささやき声。




「……どうしたの、ウルちゃん、にやにやしちゃって……」




体の芯をくすぐるような女特有の甘い声。

この声で幾多のおやじ商人どもを手玉に取って、がっぽりと稼いできたんだろう。

トトも俺の視線の先の光景に気がついたのか「あら、まぁ」と楽しげにつぶやいた。

ほどなく、トトのひんやりとした指先が、俺の背中をじっとりと這いだした。




「……ね、ウルちゃん、こっちはこっちで、ちょっとだけ楽しまない?」

「え~っと、それはどういう……?」

「……あの子たちには内緒で、二階の寝室にある豪華でふかふかで”頑丈な”ベッドの寝心地を試してみない? んふ」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






その後、俺は亡骸をトトに預けて一旦俺の小屋に戻ることにした。

さっき、亡骸の背中で見つけた呪詛の事を、男の子に伝え、色々と話もきかなきゃならん。

本当に気がすすまねーな、おい。


あ、でも、あいつの姉がキョヌー(巨乳)っていってたな。

それだけを心の(かて)にしてこの仕事を片付けようか。

がんばれ、俺。 




帰りの道中、世間話をしつつ、俺は色々と聞きだした。


男の子の名はココナ・フロート。

亡くなった母の名はマキアナ・フロート。


ゲオルグ・フロート2世と同じ苗字ではある。

あのペンダントの信ぴょう性がほんの少し高まったが、フロート姓自体が結構ありがちな名前という事も考えられる。

国のトップと同じ名前だからといって別にそれが親子であるという決定的証拠になるわけではない。



ココナたちは、アラビカ公国の最南西の町(つまり俺たちの国に一番近い町)に住んでいたらしい。

ジャワ渓谷(けいこく)近くの”ル・マウンテンの町”というところだそうだ。

山岳部の中腹にある、花と湖に囲まれた澄んだ空気の町。


ココナは自分の父親の事は全く知らないらしい。

物心ついたときから、母子のみでずっとその町で暮らしていたようだ。

ココナの話を聞く限りは、アラビカ公国の王子と思わせるような話はかけらも出てこなかった。

まぁ普通の片田舎の子供という感じだ。


やっぱり、あのミスリル鉱石のペンダントは、どこかから盗まれた物をたまたまコイツが持っていただけなんじゃないかと思えてくる。




小屋に戻ってから、俺はココナの泥と汗だらけの体を洗い、服を着替えさせた。

こざっぱりした姿になり、髪を後ろに流したココナは、それなりに凛々しく見えた。


俺は身の上話をするココナの目をまっすぐに見つめる。

ここまでの話で、こいつが嘘をついているとも思えない。

それに、話の内容の一つ一つが実に具体的だし、大きな矛盾もみあたらなかった。




俺が次の質問をする前に、今度はココナの方から質問が飛んできた。




「ね、ウルはどうしてあんなに強いの?」

「またその話か、さっきもいったが俺は”呪いの紋章師”なんだ、呪具を装備してちょいとその力をかりてるだけさ」

「じゃ、僕もそれを装備したらあんなに強くなれるの?」

「呪具耐性のないやつが装備したら、それなりの”副作用”が出る」



ココナは大きく首をかしげる。



「ふくさよう?」

「ああ、そうだ。例えばだな……もう壊れちまったが死肉狼(カリオンウルフ)と戦った時に俺が装備したのは『つらぬきの短剣』とよばれる呪具なんだ」

「うん」

「あの呪具は一突きで相手の急所を狙うことができる能力を手に入れる反面、その代償として、自分がもしも攻撃を受けたときに傷ができると、その傷からの大量の出血がはじまり止まらなくなる」

「へぇ! どうして?」



身を乗り出すココナの圧におされながらも、俺はなんとか続ける。



「そういう呪いがかけられてるんだよ。俺はその”呪いの副作用”に対する耐性があるんだ。だから装備できる。それに俺は自分で呪いの解除ができるからな」

「そっか……じゃ、僕は装備できないんだね。そうびしたらあっというまに強くなれるとおもったのにさ……」

「なぜ強くなりたいんだ?」

「だって、僕たちをひどい目に遭わせたやつをこらしめないと」



ココナは顔の前で手をぐっと握る。



「そうか。そもそも、どうしてこの国に来たんだ?」

「逃げてきたんだ、なんだか知らないけど家に悪い奴らがやってきて、僕と母さんを急に……」



ココナは少し沈んだ表情になる。あ、泣く。

俺は慌てて話をやめさせた。



「ま、ま、この話はまた今度にしよう、わるかった。今日は疲れただろうからな。もうゆっくり休め」

「う、うん」



俺は自分の小屋の寝室にココナを案内し、ベッドに寝かせる。ココナは心細そうな声で寝室を出ようとする俺を呼び止めた。



「ウル、どこに行くの」

「どこにもいきやしない、隣の書庫で寝るだけさ。心配するな」



俺がそう言い寝室の扉を閉めかけたその時、ココナが「お願い、扉を閉めないで」と切実な声で、ささやかな願いをのべた。

俺は小さくうなずいて、扉を開けたまま寝室を後にした。







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― 新着の感想 ―
[一言] 名前はそれぞれの地域の習慣だろう。
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