ヴァルツ家屋敷の地下迷宮 ③
閉じられた石扉の中央にはヴァルツ家の家紋が彫り込まれている。
さっきロジータから聞いたのだが、このヴァルツ家の家紋は巨大な針葉樹を模したものらしい。
言われてみれば確かに。
中央の縦長の線は力強く太い幹、そこから左右に波打つ曲線が枝、そして、その先にはひし形の葉のような模様が右に4枚、左に2枚描かれている。
俺は扉を前に黙り込んでいたロジータに声をかける。
「この扉、押してもひいても開きそうにねぇ。ロジータ、お前さんの出番のようだが?」
「……え? あ、ええ。そ、そうね」
ロジータは強張った声で、そう返事をするとごくりとつばを飲み込んだ。
引きつったような面持ちで右手にペンダントを握ると、石扉の家紋の前にすっとかかげる。
家紋が怪しく光る。
ぶうう、とかすかに何かが震えるような音。
すると、突然、目の前の石扉が音もなく開く。まるで見えない巨大な手によって押し開かれていくように。
俺たちは固唾をのんでじっとその光景を見守る。
中から得体のしれない何かが飛びかかってくるかもしれない。俺たちは三者三様に身構えた。
ほどなく。
開き切った扉の向こうには、驚くほど巨大な空間が広がっていた。
俺達はひとまず構えを解き、互いの顔を見合わせる。
間髪入れずに、先に進もうとするロジータの肩を俺はそっとつかむ。
「待て。先ず俺が行く」
「あ、あら……そう、じゃ、お任せする」
ロジータは内心、引き留められることを期待してでもいたのか、安堵の表情を浮かべる。
と、同時に前に出しかけていた足を素早く引いた。
そして、たたたっと俺の後ろに回り込むと、さっさと行けというようなそぶりで俺の横っぱらを小突いてきた。
こいつ、なんて現金なやつだ。これほどまでに、年寄りをこき使おうとするとは。
ま、仕方ない。あの片足を失ったミイラを見た後じゃ怖気ずくのもわからんでもない。
俺は扉の奥に広がる室内に目をやり、数歩進んで立ちどまる。
中央に古めかしい正方形の祭壇。いつの時代の物なのか石造りの非常に簡素なものだ。
その祭壇の上には、何かの杯のようなものが祭られているようだ。
その杯から、上にむかって立ちのぼる青い煙。
その青い煙は周囲をなぞるように照らし、祭壇を取り囲む四つの甲冑を浮かび上がらせている。
____お宝を守る守衛さまってところか
「こりゃまぁ、大層なこって……」
丸腰で微動だにしない突っ立ったままの四つの甲冑は、まるで祭壇を監視するかのように向かい合っている。俺はそのうちの一番手前の甲冑に近づくと、勢いよく手で押してみた。
「お?」
意外なほどに軽い。濁った白銀色の甲冑は驚くほどに手ごたえがないまま、倒れこんだ。
ガチャン、と乾いた音と共に甲冑は無様に崩れる。力なくくずれた甲冑の隙間の中は空洞。
どうやら本当にただの甲冑だったようだ。
「ちっ、ハッタリかよ。ビビらせやがって……」
俺は形ばかりの守護者から視線を移し、中央の祭壇に目をやった。
祭壇からボウと立ちのぼる奇妙な煙を見上げながらロジータに声をかけた。
「ロジータ。どうやらこれがお宝のようだが……なんだかわかるか?」
「ちょ、ちょっとまってね」
ロジータは俺の隣に歩み寄ると、胸元のポケットからドミニカ・ヴァルツの手記を取り出した。片方の手におさまるほどの小さな手記帳。
中には乱れた文字が並んでいる。ロジータによるとこの地下倉庫の事に関して、色々と書き込まれているらしい。ロジータはとあるページで手を止め、ちらりとこちらに目をやると、小さな声で話す。
「おそらく、これね……この手記にはこう書かれているわ。“祭壇の聖杯……聖竜イシュルケルが、ゴモルゴ山脈の天を突く山頂に黄金の尾を打ち付けた。その場から湧き出た聖なる泉。この聖杯にはその泉からくみ上げた聖水が満ちている。疑わしきものは、この聖水の張った水鏡に顔を映したまえ。もしもその者が魔女であれば、この水鏡には、その魔女が姦淫した相手の悪魔の姿が映るであろう”って……」
「……ふうむ。魔女を識別する聖なる水か。嘘かホントか知らねぇが、魔女の正体を見破る為の魔法の鏡ってわけだな」
「ええ。でも、この手記は百年以上も前にかかれたものよ。水だなんて……とっくに干上がっているはず」
「ま、確かめてみるさ……せっかく来たんだしよ」
俺は目の前の祭壇を見上げて、階段に足を踏み出す。
一歩、二歩、硬質の靴音があたりに響き渡る。
その時、やや高くなった俺の視界の隅に移る甲冑のひとつに、自然と目が吸い寄せられた。
祭壇の後ろ側にある甲冑は、突っ立ったまま動かない。
だというのに、なにかしっくりこない。さっきは感じなかったはずの違和感。
____なんだ
一つの甲冑の手に大きな剣が握られている。最初、この部屋に入った時は、丸腰だと思ったが。それとも、陰に隠れて見えなかったのか。
俺は階段の上から振り返り、さっき俺が倒したほうの甲冑を確かめる。
しかし、そこには、さっき倒したはずの甲冑はなかった。
いや、いるにはいる。
しかし、そこには突っ立ったまま甲冑がいる。さっき倒したはずなのに。
さらに、その手には大きな剣が握られていた。
俺が叫ぶ前に、その甲冑は剣を両手で握り素早く振り上げる。
闇を切り裂き斜めに、一閃。
こちらを不安げな目で見上げていたロジータの背中めがけ、その剣は音もなく振り下ろされた。
「ロジータ!!!」
自分の後ろにいた甲冑の存在に気がつく間もない。
ロジータの小さな体は肩越しから腰にかけて真っ二つに切り裂かれた。




