ヴァルツ家屋敷の地下迷宮 ②
薄暗く続く地下道は、ずっしりとおもく陰鬱な空気を漂わせていた。
頭の少し上あたり、燭台に添えられた魔光石。そのぼんやりとした青の色合いがあたりを薄気味悪く照らしている。鼻の奥に忍び込んでくる妙につんとくる甘いニオイの正体はいったい何なのだろう。
俺はしり込みをしながら先をすすむロジータの態度にさらに不安が増す。
____何かあるな、よくないものが
俺はどこかびくびく進むロジータを後ろから眺めながら、隣にいるリラに小声で耳打ちする。
「……この先に何があるのか、あんまり想像したくねぇんだが……」
「ロジータ、随分と怖がってるね。でもここは地下倉庫って話でしょ?」
「どうだか。だってよ、意味もなくこんなに分かれ道ばかりのクネクネした地下倉庫をつくるか? こういうわかりにくい構造ってのは、大抵が入り込んだものの逃亡を防ぐためか、あるいは……」
「侵入を防ぐため」
「そうだ」
俺は視線を上げて、天井をくまなく見渡す。アーチ形の天井は均整の取れた石で隙間なく埋め尽くされている。
「もとヴァルツ家領主が変わり者とは言え、趣味の為だけにこんな労力を割くもんかねぇ」
その時、少し先を歩くロジータの小さな悲鳴が響いた。
俺たちは立ち止まるロジータの元に慌てて歩み寄る。
俺たちをちらりと見ながら、ロジータは指をさす。
数歩先、地下道の右の壁際。
____誰かいる?
そこには、何者かが壁を背に座り込んでいるような影が見えた。
しかし、ここから見る限り、全く動きそうな気配はない。というより、すでに生気すら感じとれない。
ロジータはその影を指さしながら、震える声で話す。
「あああ、あれって死体よね。アタシ前にここに一人で入ったんだけど、ここで怖くなって引き返したのよ。ウル、ち、ちょっとあれが何か確かめてくれない?」
「はぁ? どうして俺が」
「だって、アタシ怖いんだもん!」
「……ったく。だから俺たちを、ここまで一緒に連れてきたのか?」
「ま、まぁね、ははは……」
「けっ、ハッキリいう奴だ」
俺はその何かから視線をそらさず、ゆっくりと近づく。「おい、大丈夫か」という俺の問いかけには、無視を決め込んでいるのかのように、何の反応も示さない。
じりじりと進む。そのとき奇妙なほどに甘いにおいが漂ってきた。
においのもとはこいつか。
ほんの足先にそいつが見えるところまで来て立ち止まる。
目を凝らしてよく見ると、それはローブをまとった人物だという事が分かった。
俺はそいつが頭からすっぽりとかぶっているフードに、恐る恐る手を伸ばす。
「……俺はビビりなんだ。頼むから、急に動くとかは、なしだぜ……」
俺はフードを指でつまむと、そのまま勢いつけて後ろにガバリと剥いだ。
フードの下から現れたのは薄黄色に汚れた頭蓋骨。それは、すでに白骨化した何者かの死体だった。
すでに、腐敗臭すらしないほど長い間ここで死んで放置されていたようだ。俺は鼻をおさえてしゃがみこんだ。
その時、その死体の首元にきらりと光る何かが見えた。俺はそいつの首元にぶら下がっているペンダントを手に取ると、ゆっくりとそいつの首から抜き取る。
手にした、ペンダントの台座には青い宝石。そして、その中央にはヴァルツ家の家紋。
俺は立ち上がり振りかえると、リラの後ろからほんの少しだけ顔を出しているロジータに声をかけた。
「こいつも、ヴァルツ家の家紋入りのペンダントを持っているぜ。これは、おそらくお前さんの物と同じだ」
「えっ、うそ。ってことは、その人もヴァルツ家の人間って事?」
「だろうな。お前さんよりも随分と前にここを見つけて忍び込んでいたようだが……何かの理由で、ここで死んじまったようだ」
「ど、どうして……」
ロジータはようやくリラの後ろから飛び出すと俺の元に駆け寄った。俺の手の中にあるペンダントと、首にかけていた自分のペンダントを真剣なまなざしで見比べている。
「本当だ……全く同じものだわ。ってことはこのペンダントはいくつかあるって事ね」
「だな。そしてヴァルツ家の人間に分け与えられていたようだな」
「じゃ……この人……アタシの家族って事?」
「遠い親戚ってところだろうな」
ロジータは悲しげな眼でその死体をしばらく眺めると、そばに歩み寄り「安らかにお眠りください」とぽつりとつぶやいた。そして祈りをささげた。俺とリラもそれに続いて手を合わせた。リラが俺の方に目をやり、ふと疑問を投げかけた。
「でも、どうしてこんなところで……何かあったのかしら」
俺は死体からのびる足を指さした。
「見てみな、こいつは片足がねぇ」
俺の言葉に驚いたのかリラとロジータは「え?」と叫び、飛び跳ねるように一歩後ろに下がる。男の全身を包むローブからちらりと見える腐った革靴。ひしゃげた革靴は一足のみ、左だけ。
ここで片足を失うような何かがあったという事だ。そしてそれが致命傷となり、ここで息絶えちまったのだろう。
俺は死体から視線を外すと、すっと先に目をやる。
薄暗がりの地下道の先、俺の視界に移ったのは、どっしりとかたく閉ざされた大きな扉。
あの扉の向こう側に何かがある。
おそらく、この男の片足を、そして命を奪った何かが。
俺は驚きで目を丸くしているロジータに問いかける。
「ロジータ。この先はどうやら危険な気がする。それでも行くか?」
ロジータの目は逡巡にゆれる。しかし、意を決したようにこういった。
「もちろんよ」




