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かつての領主 ドミニカ・ヴァルツは結界の紋章師 ★

「地下倉庫に案内する」と言いながら、いったいどこに行くのやら。

ロジータは応接間の片隅にある薄汚れた暖炉の前に俺たちを連れてきた。


石造りのこじんまりとした暖炉。

その門構えの中央には、鈍く光る何かの紋章が刻まれている。

おそらくかつてのヴァルツ家の家紋だろう。

老朽化した暖炉の上に目をやると、凛々しい顔をした何者かの肖像画が飾ってある。

画は色褪せ、胸元の一部は、動物の爪でひかれたのか、斜めに破けている。


しかしながら、画は古びているものの、いまだに立派な額縁におさまっている。

そのみじめな不格好さが、どこか郷愁を誘う。




挿絵(By みてみん)





暖炉の前でじっとその肖像画を睨みつけていたロジータは、忌々しそうに口を開いた。




「……この男の失策のせいで、アタシ達ヴァルツ家一族は貴族の地位を奪われたのよ」




立派な口髭を蓄えたその肖像画の人物は、眉間にしわを寄せ、もの悲しい顔つきでどこか遠くを見つめている。大抵、貴族の肖像画なんていうものは実物よりもかなり美化されて描かれているものだ。

どんなに醜いブ男だったとしても、お抱えの貴族画家にかかれば不思議と絶世の美男子に生まれ変わっちまう。俺は腕組をして肖像画を見上げるロジータの背中に問いかけた。




「この男が、ヴァルツ家の領主だった男なのか?」

「らしいわ。魔女狩り裁判当時の領主、ドミニカ・ヴァルツだそうよ。もちろんのこと、アタシは会ったこともない人だから実際どうかわからないけどさ」



俺は、故人の肖像画である手前、一応の誉め言葉を述べた。



「まぁ……なかなかいい面構えをしているじゃないか」

「ふん! 適当なこと言わないで!」




弾けるように、ロジータの声が気色ばむ。

俺のおべっかが、逆に気に障ってしまったようだ。くわばら、くわばら。

俺はふと周囲を見渡し、その違和感をロジータにぶつける。





「奇妙な位置にある暖炉だ。こんな部屋のどんづまりに、ちいさな暖炉をつくったところで、意味がない気もするが……」

「でしょ。でもだからこそ、気がついたってのもあるんだけど」




ロジータはそういうと胸元に手を差し入れて、何かを取り出す。

その手にはヴァルツ家の紋章が刻まれたペンダントが揺れている。

何の宝石だろうか。青い光をうっすら放っている。




ロジータは「へへん」と笑うと、おもむろに、そのペンダントを暖炉に近づけた。

ちょうど暖炉の門構えの中央、ヴァルツ家の紋章が刻まれている場所に、紋章がむかいあわせになるようにかざす。

すると、突然、ロジータは何かの呪文を唱え始めた。

ところどころはよく聞き取れなかったが。




「……尊きものども、ある者はいましめの地をととのえ、ある者は敵をおいはらい、ある者は(くさび)をちぎり、そのいましめを脱す……ヴァルツの名において命ずる、いまその扉を開けよ」




一瞬、ロジータの手元の宝石の光が増したかと思うと、呼応するように、暖炉中央にある家紋が輝きだした。束の間、目の前に魔術陣がぱっと浮かび上がり、あっという間に消えた。


と同時に、暖炉の中に地下へとつながる小さな入り口が出現した。



突然の出来事に、俺たちが言葉を失い立ち尽くしていると、ロジータはペンダントをしまい込みながら振り返る。




「ここが地下倉庫への入り口なの」

「結界魔術による結界扉か……」

「ええ。アタシの体に流れるヴォルツ家の血、このペンダント、そして呪文がないと反応しない特製の結界扉よ。ドミニカ・ヴァルツはこういう仕掛け(ギミック)が大好きだったみたい。この屋敷のあちこちに、こういうくだらないギミックが散りばめられているわ」

「くだらない? いや、男ならわかる。ドミニカ・ヴァルツの、その気持ち」

「そうなの? ま、アタシにはよくわからないわ。男ってのは隠し事が多いのかしら?」

「う……ま、まぁ、ひ、ひとによるんじゃないか? あははははっはは」




ロジータは冷めた目つきで一瞬俺を見ると、あきれたようにため息をついた。




「実はね、この隠し扉を見つけたのは、最近なのよね」

「そうなのか?」

「ええ。だから、この先にある地下倉庫の中はまだ全部調べられていないのよ。アンタたちを連れていこうか迷ったけど。アンタたち、悪い人じゃなさそうだし……それに、正直、アタシ一人じゃ手にあまるのよね」

「手に余るったって、ただの倉庫なんだろ?」




ロジータの視線は、さらにじっとりと陰鬱になる。



「よくかんがえてみて。ただの倉庫の入り口にこんなギミックをほどこす男なのよ。中がどうなっているのか……ウル、アンタなら少しくらいは察しがつくんじゃない?」

「へ?」

「ドミニカ・ヴァルツは“結界の魔術”を扱える類まれな紋章師だったそうよ。彼はその才能を駆使して地下に悪趣味な遊び場をつくったみたいね」




ロジータはそういいながら、俺たちを見回しある人物に目をとめる。

その視線の先にいるのは、魚獣人(マーメイド)族の巨漢、リィピ。

俺は即座にその視線の意味を察知した。




____なるほど。




俺は暖炉の奥にある倉庫につながる小さな入り口と、リィピの体を見比べる。

リィピのあのごつい体で、この小さな入り口を潜り抜けるのは間違いなく無理だ。

リィピの体を中央から真っ二つにしてもまだ足りないくらい。

ということは、必然的にリィピはここで待機。

いわば、見張り役という事になっちまうが、一人にするのはどうにも気が引ける。

どうしようか迷っている俺に、ロジータが選択を求める。




「どうするの? そこにいる半魚人さんは一緒に行けないわ。これは結界扉だから壊して押し広げることもできない。それに、アタシがこの結界扉から一定の距離を離れると、この結界扉は自然と閉じてしまうわ」




俺はぼんやりと呆けた顔で立ち尽くすリィピを眺める。

こいつ、最近簡単な会話はできるようになっているとはいえ一人で何かを判断をさせるというのはまだ難しい。傀儡術で俺の分身を作り、ここで一緒に待機させるのがベストか。

俺は自分の髪の毛を、ぷちりと一本引き抜いた。


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