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魔女いる派 VS 魔女いない派




「何をいっているの! アンタたち!」




ロジータは飛び跳ねるように椅子から立ち上がると、小さな拳で丸テーブルをドスンと叩いた。途端、もわっと埃が舞い飛んだ。

俺はかび臭いほこりを吸い込まないように、思わずのけぞる。リラとリィピも同じように口元を手で押さえ、椅子の上でエビのように反り返っている。




俺たちはロジータの導きにより、ヴァルツ家の幽霊屋敷の応接間に案内されていた。

応接間と言ったって、もはや廃墟に近い。

壁の装飾はひび割れ剥がれ落ち、腐った木の壁がむき出しだ。天井の梁は今にも崩れ落ちてきそうなほどに傾いている。部屋の壁に立てかけられたかつてはさぞ立派だったであろう巨大な姿見は、下半分が無惨にひび割れ、室内を不規則に映している。


腐りかけの丸テーブルを囲んで話し込んでいた最中、何かがロジータの怒りの琴線に触れてしまったようだ。彼女は突然、怒り出してしまった。

ロジータの剣幕に押され、俺たちは黙り込んだ。

ロジータは怒りを抑えきれないようだ。きしむ床の上をツカツカと歩き回ってぶつぶつと独り言を放つ。




「なんて馬鹿げたことを言うのかしら!」




俺は目の前を行ったり来たりするロジータに、ゆっくりと話しかけた。




「おい、ロジータ。いったい、何をそんなに怒っているのか知らねぇが……俺たちはここに来るまでにいくつかの村を抜けてきた。その間に、村人たちに過去の話をきいてみたが、皆一様に“魔女狩り裁判”はヴァルツ家による一方的な裁判だったと聞いたぜ。魔女なんて本当はいなかったのだ、と」

「魔女など本当はいなかった、ですって?」

「ああ、罪のない紋章師達がつぎつぎに魔女の疑いをかけられ、そして、拷問により自白を強要されて、その末に処刑された、と」

「確かに……その中には冤罪もあったかもしれないわ……でも」

「お前さん、まさか、その中に本物の魔女がいたって事が言いたいのか?」




ロジータは憮然とした表情で立ち止まると、腕を組んで、くるりとこちらを向く。そして声高に叫ぶ。




「魔女が存在しなければ……どうしてヴァルツ家はそんなひどい事をしたのよ!」

「俺が聞いた限りでは、奇妙な流行病の原因を魔女のせいにしたという事だが……」

「でも、そんなの、それこそただの噂話でしょ!?」





ロジータは何とも言えない悔しそうな表情でじっとこちらを睨みつけた。どうにもさっきからロジータの反応が妙だ。

俺は隣に座るリラにチラと目をやる。リラは困った顔で肩をすくめた。




____どうやら、ロジータの反応から察するに。




彼女は、俺たちとは真逆の立場という事か。俺たちは魔女などいなかったと思っているが、ロジータ魔女はいたと考えているようだ。

そして、今回の人食い館の事件も、なんらかの形で魔女が噛んでいる、と。

俺はロジータの反応から、一つの推測が浮かんだ。俺は外堀を埋めるように、遠回りで問いかける。




「ロジータ、お前さん、ここに住んでいるのか?」

「まさか。ここは時々見回りに来るくらいよ」

「……なぜおまえさんが見回りに?」

「アンタたちみたいな不届きものが入り込まないようによ。そんなの、決まってるでしょ!」

「いや、そっちの理由ではなくて。どうして“お前さん”なのかって事だ」




ロジータは俺たち全員をじろりと睨みつける。そして何かを迷っているように眉を寄せた。




「どうしようかしら……でも、アンタたちは部外者だから……だからといって……」




ロジータの大きな独り言が室内に響く。

こちらに聞こえる程の声量で自問自答を繰り返している。

思ったことがすぐに口から出ちまうタイプにもほどがある。ま、俺たちをまだ信用しきれないといった感じだな。

その時、リラが口を開いた。




「ロジータ。私たちは敵じゃないわ。そこはまちがえないで」

「ふん! 偉そうに言わないでくれる?」

「立場は違っても、お互いに協力はできるはず」




リラの言葉が意外だったのか、ロジータの目がすこしだけ揺れた。

俺は確かめる為、ゆっくりと言葉をかけた。




「ロジータ。俺の推測が正しければ、お前さん……もしかして、そうなのか?」

「……ふん。意外と察しがいいのね。ばれちゃったら仕方ない。そうよ。アタシには今は消えてしまった本当の名前があるの」

「やはり……か」

「ええ。アタシの名はロジータ。そしてアタシの消えてしまったほうの名前は……ヴァルツ」



ロジータ・ヴァルツは、静かにそう告げた。

彼女は、名を奪われ消え去った没落貴族、ヴァルツ家の令嬢だ。



「何の因果か……ジェイン家のご婦人に相談を受けた俺たちと、ヴァルツ家のご令嬢がこんな形で会う羽目になるとはね」

「じぇ、ジェイン家ですって!? アンタたち、まさか、ジェイン家の手下なの? アタシ達ヴァルツ家を貴族の座から引きずり下ろした憎き宿敵!」




ロジータの興奮を抑えるため、俺は一部、訂正する。




「別に直接ジェイン家から命令を受けたわけじゃあ無いさ。成り行きでそうなっちまった感じだ。ただ、俺たちは数日前に、ジェイン家のご婦人、フィリーネ・ジェインと話していたばかりだ」

「なんて、皮肉なことかしら……」

「お前さんにとっては、随分と皮肉な出来事だろうな。俺達はかつて敵対していた両家をつなぐキューピッドってところかな」

「な、なにがキューピッドよ……でも、不思議な縁ではあるわね……」




ロジータはさっきまでの勢いをどこかにすっと忍ばせた。そして、ぽつりとつぶやいた。




「フィリーネ・ジェイン……か。たしかジェイン家に嫁いだ地方貴族の娘ね。とても美しい人だと聞いているわ」

「ああ、そうだ。実はだな、彼女が最近噂の人食い館の事件にかかわっていてね。なんと、彼女自身がその呪いにかかかっちまったようだ」

「な、なんですって!?」

「ほ、知らなかったのか。てっきり有名な話だと思ったが。俺としたことが、ついつい口が滑っちまったかな」




ロジータはふと目を細めた。まるで俺の真意を測るように。そして「ふぅ」と小さくため息をついた。何かを決意したようにうなずくとこういった。




「アタシがこの屋敷を守っているのにはわけがあるの。この屋敷の地下倉庫にはあの裁判の……“魔女狩り裁判”の記録が残されているのよ」

「意味もなく、ヴァルツ家の末裔が、こんな寂れた廃墟を守っているわけがないからな」

「ウル。アンタってほんと、性格悪いわね。全部わかってたってわけ?」

「わかっていたわけじゃなく、気がついただけさ。お前さんはどうやら嘘がつけないタチのようなんでね。そういえば、最近、似た人物を見たな。図体のでかい紋章師の男だが」

「ふん! 失礼しちゃう。こんなかわいらしい女の子を捕まえて、男に似ているだなんてね!」




ロジータはそういうと「ついて来て」と、俺たちを地下倉庫に案内してくれた。



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