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魔女狩り裁判

デジャミは俺達の輪の中には入らず、微妙に離れた場所で突っ立ったまま。

こちらを警戒しているのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。

奴の話によると、奴は右の足を悪くしているらしく、座っているよりも立ったままの姿勢の方が楽ちんらしいのだ。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが。



奴は小柄だ。俺が座った目線の先に奴の顔がある。

デジャミは座った俺の目を見て訥々(とつとつ)と語りかけてくる。まるで腹話術の人形のように顔色一つ変えず、おとぎ話の語り部のように途切れることなく話し続ける。


俺は、すやすやと眠るリラとリィピを横に見ながら、奴が繰り広げるむかし話に耳を傾けていた。物語が佳境を迎えた頃。その物語の中に突然、身近な名が飛び出した。




「それにのう、もともとヴァルツ家がこの地の統治を任されたきっかけは、大貴族べリントン家の遠戚を妻に迎え入れた事による」

「うぐふっ、べ……べリン、トン!?」



急に出てきた自分の生家に俺は思わず喉がつまった。

そんな俺の反応を見てデジャミはクイッと首を傾げ「そんなに驚くところか?」と、怪訝な面持ちでこちらをじっと見つめてくる。見透かすような強い視線。

まずい。

俺は慌てて取り繕う。




「い、いやぁ、すまない。意外な名が出てきたものだから」

「どこが意外なものか。七大貴族べリントン家の名など、この国のだれもが知っておろう。おぬし、まさか現国王、アルグレイ・べリントン様の名を知らぬわけでもあるまいのう」

「けっ……嫌というほど知っているさ」




実父の名を知らぬものか。この国にいる限りは、どこにでも出てきやがる忌々しい名だ。俺はよみがえりそうになる子供の頃の記憶を無理やり頭から振り払う。

デジャミに話の続きを促した。




「でもよ、どうしてそのヴァルツ家が落ちぶれちまったんだよ」

「当時のヴァルツ家当主は貴族同士の付き合いや政治的な手腕には長けていたのかもしれぬが、領民に寄り添う心は持ち合わせていなかったようじゃのう」

「……上ばかりを見て、下から足元をすくわれたか」

「そうじゃのう。おそらく、領民の事を税を納めるだけの家畜だとでも思っていたのじゃろう。次第にヴァルツ家に対する領民の不満は高まっていったようじゃ。そして、ヴァルツ家没落の決定的な出来事がおきる。それが……“魔女狩り裁判”じゃよ」

「……魔女狩り?」




デジャミはまるで、その当時を生きていたかのように雄弁に語る。



ある時。

この地の領民たちの間に奇妙な病が流行りだした。

皮膚の表面にこう……なんというか黒みを帯びた盛り上がりができるのじゃ。そのドス黒い、ぼこぼこは最初は何ということはない、ただのちいさなイボのようなものじゃった。

しかし、そのイボは、手に、足に、顔に、背中に、次第に全身に広がっていく。

そして固く平たくなっていった。

それはまるで邪悪な悪魔の鱗のようじゃった。真っ黒な鱗に体中が包まれていくのじゃ。そのころから全身に激しい痛みが出始める。そして、その壮絶な痛みに耐えきれず、誰もが皆、正気を失い、たけり狂い、苦しみの中、死に至る。

その奇病は、赤子から老人まで際限なくこの地の領民たちに襲いかかったのじゃよ。




「なにか手立てはなかったのか?」




回復魔術や魔法薬も試してはみたようじゃが、どれも効果は一時的なものでしかなかったようじゃのう。領民たちがそのような状況に置かれていたにもかかわらず、当時のヴァルツ家の当主はこれといった対処法を打ち出せなかった。領民たちの不満が頂点に達したころ。焦ったヴァルツ家の当主は、領民たちの不満が自分に向くのを避ける為、犯人を探し出すという方法にかじを切ったのじゃ。




「犯人だって? そんなものがいるってのか?」




さあのう、今となっては知る由もない。

当時のヴァルツ家当主は、あろうことか、その原因を何者かに求めてしまったのじゃよ。

自分の地位を揺るがしこの地を混乱に陥れようと画策する、何者かの陰謀。

ヴァルツ家の当主はその奇病の正体を、陰謀だと結論付けてしまったのじゃ。




デジャミは深いため息をついた。そして俺の目をじっと見据える。




「ウル、ここで質問じゃ。当時のヴァルツ家の当主は、その奇病の犯人を誰にしたと思うかのう?」

「考えるまでもねぇ……紋章師しかいねぇだろうな」



デジャミは小さくうなずいた。



「そうじゃ。ヴァルツ家の当主はその奇病を広めた犯人を、自分の事をよく思わない紋章師の誰かだと決めつけた……」

「存在するかどうかもわからねぇ犯人探しか……恐れ入ったぜ」

「その時から、ヴァルツ家による紋章師達を相手にした、本格的な“魔女”さがしがはじまる……」




____ひどい




突然リラの声が闇に響いた。

驚いた俺たちがびくりと声の方に顔を向けると、毛布にくるまって眠っていたはずのリラが膝を抱えて座っていた。リラは眠たげな表情で灯火瓶(ともしびん)の中で揺れる光をぼんやりと眺めていた。




「驚ろかすない。てっきり寝ているものかと思っていたぜ」

「……だって、すぐそばで、ぶつぶつと話し声がするんだもの……目が覚めるに決まってるでしょーよ」

「ほ、寝起きは機嫌がわるいな」




そんなリラを見て、デジャミが申し訳なさそうに頭を下げた。




「ホーホーホゥ。すまないね、お嬢ちゃん。できるだけ小さな声で話していたつもりだがの」

「……いえ、いいのです。こちらこそすみません、ついつい悪態を……それよりも、そこから先、どうなったのでしょうか?」



リラは目をこすり、閉じかけていたまぶたをこじあけるとデジャミの方に顔を向けた。デジャミはどこか緊張したように、背筋をピンとのばした。




「ヴァルツ家による、魔女狩り裁判の話をお嬢ちゃんも聞くのかい。子守唄がわりにはならならぬぞ?」

「……子守唄は必要ありません。目はさめましたし、それに魔術を扱う身のひとりとしては、他人ごとには思えません」

「しかし……ここから先は随分と血なまぐさい話になるがのう……大丈夫かい?」




リラは言葉で何かを答える代わりに、かすかに微笑んだ。

デジャミの話は、そこから途切れることなく続いた。

魔女とされた紋章師達の身に起きた凄惨な魔女狩り裁判の物語は、俺たちの心に悲しみと共に深く刻み込まれる事となる。







そのあと、デジャミは朝もや煙る森の中、森の出口付近まで俺たちを案内してくれた。

別れ際、デジャミは教えてくれた。




「ホーホーホゥ、ウルよ。ここから北西、いくつかの村を越えた先に丘がある。その丘の上にヴァルツ家の屋敷があるはずじゃ。すでに朽ち、もぬけの殻だろうが……人づてに聞いた話では、いまだにその屋敷を管理している者がいるらしい。たずねてみるのもいいかもしれぬぞ」

「世話になった。で、お前さんは、どうするんだ?」

「ワシはまた……森に帰る」



デジャミはそう言うと、大馬にのる俺を見あげて一歩後ずさった。

なぜか、奴の目はどこかうつろに見えた。

変な奴だ。



「森に帰るって、お前さん。まさか、盗賊や魔獣がうろつく森にすんでいるわけでもなかろう」

「……ウル。この森で過ごしている間。一度でも盗賊や魔獣に遭遇したか?」

「いや。運の悪い俺らしくないが、今回はそういう連中には会わずに済んだな」

「……ウル。本当にそんな連中がいると思うか? それはただの噂話ではないのか?」




デジャミは再び、俺を見上げたまま一歩後ろに下がる。まるでこの森から出る事を恐れているかのように。



「デジャミ、一体どうした。何か変だぞ」

「……ウル、魔女が存在すると思うか?」

「なに?」




デジャミは杖をぐっと握り、杖に重心をのせ、左足から後ろへさがる。




「ウル……このルガールの森そのものが、ただの噂話によって生まれた森だったとしら……」

「……さっきから何を言っている。てんで意味が分からない」

「ウル、盗賊や魔獣、魔女、人食い館がすべてただの噂話の産物ならば、このワシもただの噂話の産物かもしれぬ……この森でワシに出会ったのが、おぬしらだけだったとしたならば、ワシの存在を証明するのはおぬしらの口だけじゃ……ワシの命運はおぬしらの口にのみ握られておる」




デジャミはそう言うとついにくるりと背を向けて、つぶやいた。




「……ホーホーホゥ、ウル……噂とは恐ろしい……いや、真に恐ろしいのは、事実かどうかもわからぬ噂を広めてしまう、道理を知らぬ無知な民衆かものう……」



ふと視線をあげると、デジャミの姿はなく、目の前には朝もやに包まれた深い森が広がっているだけだった。



「なんだよ、アイツ……」








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