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呪詛 

死霊の紋章師であるトトは、ミスリル鉱石のペンダントを担保にあの亡骸(なきがら)防腐術(ぼうふじゅつ)(ほどこ)すことを男の子に約束した。

男の子は複雑な表情を浮かべながらも、トトに「ありがとう」と礼を言った。

ふむ、実に感心する態度だ。



俺と男の子は一旦家に戻り、すぐにあの亡骸をトトの屋敷に運び込んだ。

俺たちは、屋敷の奥にある施術部屋(せじゅつべや)寝台(しんだい)へ亡骸を置いた。

その後、トトは男の子だけを客間にもどそうとしたのだが、男の子は亡骸を調べるのに自分も参加したいと反発した。


しかし、トトは断じてそれを許さなかった。

なかなか引き下がらない男の子を納得させるため、俺はキャンディを男の子に付き添わせた。

キャンディは「どうしてわたしが」とか何とか言いながらも、男の子を上手くなだめて、水晶のある応接間に連れて行ってくれた。




彼らが去った後、俺はトトにたずねた。




「なぁ、トト、どうしてあのガキに手伝わせてやらないんだ? 自分の母親だろうに」

「はぁ、なんてこと。ウルちゃん、あなた、本当に女というものをまるでわかっていないのね」

「わかってりゃこの年まで独り身でいるかっての」

「そういえばそうね。ま……私も他人の事をとやかく言えた義理じゃないけれど」



その後、俺はしばらくトトの助手となる。

しかし、亡骸の衣類をすべてはぐのを手伝ったあたりで音を上げた。

さすがに人の遺体はみていてそんなに気分のいいものではない。


あとの処置は、慣れているトトに任せて俺は部屋の隅にある椅子に逃げた。

腰かけ、一息ついて考えを巡らせる。


アラビカ公国。

ガキの頃に父のいいつけで一通りの歴史書の勉強なんかはさせられたな。


だが、正直、今の俺は世間の動向なんてものとは無縁の生活だ。

日々の日課といえば小屋と近隣の村との買い出しの為の往復、そして山奥の呪具の管理くらいだし。


なにがどうなってアラビカ公国の王妃とその息子が、この国に密入国する必要があるのかまーったく想像がつかん。


ぼんやりと考え事をしている俺の時間を、トトがさえぎった。視線を上げると、トトが亡骸の前から幽霊のように青白い顔で俺にむかって手招きしている姿見えた。




「はぁ、気が乗らねぇ……」




俺は悪態をつきつつ、仕方なく重い腰を上げる。

できるだけゆっくりと足を進めて、亡骸が横たわる寝台に向かった。

そして、トトの隣に並び、亡骸を見下ろす。


素っ裸の女。

王妃って言ったってこうして死んじまえば、ただのしかばねだ。

全身青白く、乳房は力なく両横に垂れ下がっている。


それをまじまじと見ながら、トトが小さく首をかしげる。




「なんだか妙なのよね”この子”って。何か致命傷になった傷でもあるかと思ったら、体は綺麗なものよ」

「それはおかしいことなのか」

「ええ。だって死因が無いもの。特に痩せているわけでもないし飢え死にではないわ。それにねぇ……」



トトはそういいながら、手前にある彼女の左手首をつかみ、上に引っ張る。

腕は肘の関節でくいっと曲がる。




「ほら、死後硬直もはじまってないわ。死斑(皮膚の下の血のたまり)すらないのよ。なんというか”この子”の状態ってね、ずっと死んだ直後のままなのよ」

「ひえっ、怖いこと言うなぁ……実は生きているとかないよな」

「死んでることは死んでるわ」

「しんでることはしんでるって、おめーなんちゅう言い草だ……」



トトは顎に指をあてて、何事かを考えながら話す。



「う~ん、不思議。呼吸も脈も間違いなくとまってる。痛覚つうかく反応もないし瞳孔も反応ないし。目立つ傷と言えば、肩にある内出血くらいね」





俺はその言葉に、ふと亡骸の肩に視線を移した。確かに、両肩にうっすらと赤い筋が見える。

何かがこの箇所に長時間あたっていてついたような、赤いアザだ。

トトは俺の横からはなれて、今度は亡骸の足元にまわって口を開く。




「それに”この子”は靴をはいてなかったんでしょ?」

「ああ、はいてなかったな。あのガキが妙なブーツを履いてたから、子供の為に母ちゃんは裸足になったのかと思っていたが、違うのか?」

「足の裏は綺麗よ。山道なんて歩いていたら本来は傷だらけ、泥だらけなはずなのに。ね、ちょっと手を貸して”この子”をうつぶせにして」




俺は言われるがまま、トトと一緒に足側と頭側から亡骸を抱えあげてくるりと裏向けにねかせる。

真っ白いきれいな背中。たしかに綺麗すぎる気はする。

その時、背中の中央にある”模様”が目にはいる。


トトも気が付いたようで一瞬、俺と視線が交わる。

もう一度ふたりで上からよく見る。

背骨にそっておしりにさしかかる手前あたりに三重の輪が描かれている。ちょうど、両手の人差し指とおや指で輪っかをつくったくらいの大きさだ。

その三重の輪と輪の隙間にそって細かな文字がならぶ。


トトが指で軽くこするが、にじんだりはしない。

トトは不思議そうに小さくつぶやく。




「なにかしら? これ」

「これは……おそらく何かの呪術かもしれない。この場合は人にかけられたものだから呪詛(じゅそ)ともいうが……なんの呪文かは調べないと何とも」

「てことは、決まりね」



なぜかトトの表情が明るくなる。その分俺の表情はきっと曇っているはず。

俺は嫌な予感がしつつも、聞いてみた。



「何が決まりなんだよ」

「あの男の子は私の依頼主。そして”この亡骸”はあなたの依頼主よ。この呪いを解かないときっとこの仕事は終わらない気がするわ」

「はぁ!?」



おもわず自分でも驚くほどの、大きな声が出てしまった。

トトは眉間にしわを寄せて不快そうに耳をふさいだ。



「耳の横でうるさいんだけど」

「ここで、お前に引き継いで、ガキとはおさらばしようとおもってたのによぉ……」

「とにかく、あの男の子に話を聞かなきゃね。まずは、名前からね。さ、いってらっしゃい」

「ええ……まじで」

「つべこべ言わずに、早くしなさい」







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