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フクロウ族のデジャミ

頭のはるか上、あちこちに張り巡らされる枝葉に阻まれ月の明かりは届かない。

ルガールの森は、完全なる闇に包まれている。

唯一の光源は、リラの準備してきた灯火瓶(ともしびん)だけだ。

落ち葉のうえに置かれた手のひらほどの小さな瓶。

そこからあふれ出るオレンジに輝く暖かい光が、横たわるリラとリィピの寝顔を優しく照らしている。

よほど疲れたのか、二人とも薄い毛布にくるまり目を閉じた途端、深い寝息を立て始めた。




「……よく眠れるってのは羨ましぃねぇ」




俺はふたりが寝入ったのを見届けた後、ふと周囲に目をやった。




「……それにしても、薄気味悪いくらいに静かだ。生き物の気配がまるでない。まるですべてが死に絶えたような……」




耳をすましても、虫の鳴き声すら聞こえないのだ。

かろうじて聞こえてくるのは夜風に揺られこすれ合う葉音くらい。

見渡す周囲の視界は狭く、明かりの届かない木々の向こうには何かが潜んでいそうな深い闇が広がっている。


レオンハルトがあれだけ心配していた、盗賊や魔獣の姿など、ここまで一度も見なかった。

たいていの場合、盗賊や魔獣の住み着く地域には、あちこちにその痕跡があるものだ。いわゆる生活痕ってやつだ。巣穴、這痕、排泄物やエサ場。しかし、ここまで来た道中、そういったものにすら遭遇しなかった。なにせ、足跡一つ見当たらないのだ。

それはそれで、どうにも奇妙な事ではあるのだが。

この森の中に、まるで俺たちだけしかいないような気にさせられる。






____パキリ




その時、俺の右耳に、枝を踏みおるようなかすかな物音が聞こえた。

ついに、対面の時か。

俺はすかさず顔を向け、音のありかを目で探す。

しかし、ほんの十数歩先には黒壁のような闇が立ちはだかっている。俺が耳に神経を集中していると、もう一度「パキリ」と聞こえた。間違いない。これは何者かの足音だ。

俺はすかさず立ち上がり、呼吸をひそめ、迫りくる何者かに身構えた。

こちらには光源がある。

相手は間違いなく俺たちの姿を認識しながらも、接近してきている。




「……鬼が出るか蛇が出るか」




ぼそりとこぼれた俺のセリフ。意外なことに、相手がそれに反応を示した。




「……ホーホーホゥ、鬼でも、蛇でもないぞよ」

「ふん、人語を解すか。魔獣ではなさそうだ」

「……凶暴な魔獣でも、周囲を飛び交う羽虫でもない。ただのしがない年寄りじゃ。こんなところで煌々と揺れる光を見かけたので、つい気になってのう」

「声はすれども姿は見えず、まさかお前さん、異界の悪魔じゃあるまいな」

「……ホーホーホゥ……何を言うかと思いきや」




その時、闇の合間をすり抜けるように声の主がぬっとその身を(あらわ)にする。

木々の隙間から現れたのは、杖を片手に、小さく背を丸めた獣人族の小男。

その時、右手に握る杖の先にぽっと灯がともった。


灰色の毛におおわれた顔の半分は大きな目玉で占められている。その見開かれた二つの黄色い目玉の中央には、水晶玉のような大きな黒い瞳が浮かんでいる。その下にはとがった小さなくちばし。

この風体、森梟獣人(フクロウ)族か。

葉っぱを編み込んで作った胴衣に身を包んだそのフクロウ族の小男は、深い声でささやいた。




「わしは、フクロウ族のデジャミという」





挿絵(By みてみん)






物腰柔らかなフクロウ族のデジャミはコクリと小さく会釈した。

どうやら盗賊ではなさそうだ。俺は警戒しながら名乗る。




「俺はウルだ。で、俺たちに何の用だ?」

「このような森の奥で一体何をしているのかとおもっての。興味をそそられたんじゃよ」

「お前さんが興味を持つほどのものじゃないさ」

「今、近隣の村々では、このルガールの森に現れるという人食い館のうわさが広がっている。この森で夜を明かそうというものなどおらんというのに……おぬしらはこのあたりに住む者ではなさそうだのう」





足が悪いのかデジャミは右手に持つ杖に重心をのせながらひょこひょことこちらに歩み寄る。そしてある程度の距離をとったところで、ふと、立ち止まった。デジャミの真っ黒で大きな目玉がリラとリィピを見つけ出す。




「ホーホーホゥ、これは珍しい。このあたりでは、見た事のない獣人族じゃのう。堅そうな鱗に分厚い唇、魚のようにひしゃげたぶさいくな顔じゃ。それにくらべて、隣に眠る少女のなんともいえぬ消え入りそうな可憐さよ……」

「初対面の相手にぶさいくとか……お前さんこそ、一体ここで何をしているってんだ」

「ワシはこのルガールの森の道案内人、迷い人を助けておる……それと同時に行商もしておってのう……とある道具を売っておる」




デジャミはそう言うと、葉で出来た胴衣の襟元に手を差し込み何かを取り出した。

手には黒紐付きのペンダント。台座の中央には三角に削られた宝石。その宝石は闇を吸い込んだように黒く怪しく光っている。

デジャミはそれを自身の顔に前にぶら下げた。その数は三つ。



「これは、呪い除けのペンダントじゃ。三つセットで銀貨15枚でどうじゃろう」

「けっ、なんだそりゃ。こんなところで物を売りつけようってのか」

「人食い館の呪いにかかりたくなければ、持っておいたほうが良いぞよ」




こいつ、火事場商人(かじばあきんど)か。

何か民衆を巻き込む災厄が起こった時、その混乱に乗じた商品を生み出し、暴利でもうけをかっさらっていく不届きもの。おとなしそうな顔をして、案外とやるじゃないか、この爺さん。

俺はデジャミの顔を睨みつけ、こちらの正体を明かした。




「生憎だが、心配には及ばねぇ。俺はこう見えて呪いの紋章師だ。呪い除けのペンダントなど、この俺にはまるで不要な代物だ」




デジャミは驚いたのか、黒い目玉を大きく見開きパチパチと瞬きを繰り返した。




「ホーホーホゥ、呪いの紋章師とはこりゃ珍しい、ならば呪い除けのペンダントなどはいらぬか……」



デジャミが気まずそうにペンダントを胸もとの奥にしまい込もうとした、その時、俺はある提案をした。




「デジャミ、ものは相談だ。ここはひとつ取引といこうじゃないか」

「取引とな……?」

「ああ。俺たちは、とある事情でこの森の秘密を探っているところだ。そのペンダント三つを買うおまけに、この森の事について教えてくれ」



デジャミはいやらしく目を細めた。



「……ホーホーホゥ……なかなかいい取引じゃのう。それで、何が知りたい?」

「そうだな……まずは……かつてこの地域を統治していたという、ヴァルツ家について」

「これは、また。妙な事を知りたがる旅人だのう……いいだろう、ワシのしっていることならば……なんなりと」


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