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没落貴族、ヴァルツ家

ルガールの森の中。

少し中に入り込んだところで、先ほど聞いたレオンハルトの言葉の意味を理解した。

奴はさっき、こういった。

“ルガールの森の中では不思議と方向感覚が狂ってしまう”と。




____確かに、こうも同じ景色が続くと、右も左もわからなくなる




ルガールの森の大半を占めている針葉樹という木はまっすぐに天を突いて伸びていく。

横に広がる枝葉が少ないのだ。

それが何百、何千と連なって無尽蔵に視界の奥まで広がっていく光景。

まるで木でできた自然の牢獄にでも閉じ込められたような閉塞感に襲われちまう。

その時、俺の後ろを大馬に乗ってついてきていたリラが不思議そうにつぶやいた。



「なんだか、妙ね……」

「どうした?」

「この森の木って、奇妙なほど規則的に生えている気がするのだけど……」




俺がリラのその言葉に反応する前に、先導していたレオンハルトが感心したように唸った。

振り向いてリラにちらりと目をやり口を開く。




「……ふうむ。リラ様、すごいですね」

「やっぱり、ここは、植林で出来た森?」

「そうです。このルガールの森は植林によって出来上がった森らしいのです。わたしの生まれる、はるか前の話だそうですが……やはり、リラ様は魔法薬の調合をされている方だけありますね。植物にはお詳しいようです」



リラは照れくさそうに笑った。



「そんな……まだ勉強中の身です。でも、このルガールの森が植林で出来た森ということはそれ以前はここは、荒地だったという事でしょうか」

「荒地だったようです。ただ……わたしも詳しくは知りませんが、この場所には村のような集落がいくつかあったと聞いています」

「……なぜそんな場所に森をつくろうだなんて」

「さぁ、随分と昔の話ですからね。何か理由があったのでしょう」




ふたりの会話を聞きながら、俺の頭にふと、疑問が浮かんだ。

もともと荒地だった場所に森をつくった。

それなのに今度はその森を焼いて街道を通す。なんだか矛盾しているな。

俺はレオンハルトに問いかける。



「森をつくったり、壊したり。どうにもやっていることが場当たり的だな」




レオンハルトは苦く笑い、周囲を見渡しながら話す。




「その時、その時の領主によって、統治の運営方針が変わる事はごくごく当たり前にある事でしょう」

「まぁ、そりゃ、そうだが。領民からしたら、たまったもんじゃねぇ。お偉いさんの気まぐれに右往左往させられるんだから」

「そうですね……そういえば、確かこの土地で植林事業を推進し、このルガールの森を造り上げたのはジェイン家以前にこの地を統治していた別の貴族家だったと聞いています」

「ん、ずっとジェイン家が領主だったわけはないのか?」

「ええ、ジェイン家と勢力を二分していた貴族家があったはずです。たしか、ヴァルツ家」




ヴァルツ家。正直、聞いた事もない家名だ。

地方の小貴族同士のいさかいが過去にあったという程度の話なのだろう。









そんなことをいろいろと話しているうち、随分と森の奥にまで足を踏み入れていたようだ。

どことなく空気がひんやりと湿気を帯びてきたことに気がついた。

ほどなく、案内役のレオンハルトが大馬を止め、こちらを振りかえった。




「この場所で、フィリーネ様は人食い館を見ました。ちょうどあの辺りだったそうです」




レオンハルトはそう言いながら、すっと前方をゆびさした。

俺たちはその指先をなぞり視線を先へと飛ばす。

しかし、案の定、視線の先には何も見えなかった。

今までと同じように、天を突きさすような野太い木々が、ただ無数にならんでいるだけだ。

予想通りではあったが少し気が抜ける。

俺は、少しの失望と共にぼそりとつぶやく。




「……はぁ、見る限り、なにも見えねぇな」

「ええ。わたしも何度もここに通いましたが。人食い館らしき建物に遭遇したことはありません」

「何度もこんなところに通ってるのか? なんて物好きな奴だ。お前さん呪われたいのか」

「そ、そういうわけではありません。すべて、フィリーネ様の為です」

「ふうむ。だとすると……人食い館の呪いに関して、目撃場所というのはあまり重要ではないのかもしれないな」

「場所が重要ではないとすると、一体何が重要という事になるのでしょうか……」

「それがわかりゃ苦労しないっての」




レオンハルトは小さくため息をついた。

俺たちは一旦大馬から降りると、手分けをしてその近辺に何か気になるモノがないか調べてみた。

しかし、これといって何も見つけられない。

落ち葉やら、何かの魔獣の糞やら、見た事もない不思議な花やら。リラとリィピは楽しそうに探索しているものの、俺にとっちゃなんも楽しくない時間だ。



探索もひと段落したところで、俺とレオンハルトが帰り支度をはじめようとした時。

木々の隙間にいたリィピが大きな手を揺らして、俺に手招きした。

俺がリィピに歩み寄り「どうした?」と声をかけると、リィピは地面を指さした。

俺がその場にしゃがみこむと、そこだけ妙にこんもりと落ち葉が膨らんでいる。

落ち葉を手で払いのけると、そこから小さな石碑が顔を出した。




「……なんだこれは?」



小さな石に何かの文字が彫られているが、もはや解読不能だ。

長い年月、ずっと風雨にさらされていたせいか、何本かの線が縦横に刻まれているのが辛うじてわかる程度。

俺がまじまじとその石碑を眺めていると、遅れてたどり着いたレオンハルトの声が俺の背中越しに響いた。




「……おや? この石碑に刻まれているのは……ヴァルツ家の紋章では」

「ヴァルツ家だって? でも、すでに没落したんだろう、そのヴァルツ家とやらは」

「ええ。ヴァルツ家自体はすでに……しかし、その子孫はまだ生きています。なにせ、この領地に住む領民の四分の一は、ヴァルツ家の血筋なのですから」




____ジェイン男爵家に追い落とされた、没落貴族ヴァルツ家、その子孫





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