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フィリーネ夫人③

うずくまったフィリーネの隣にしゃがみこみ、戸惑いを見せるレオンハルトを見かねたのか。

静かに様子をうかがっていたリラが石段をのぼりそっと二人に近寄る。

そして腰を落とし、フィリーネに優しく声をかけた。




「あの……フィリーネ様、手を……よろしいでしょうか?」




そう言ったリラをうるんだ瞳でフィリーネは見つめ返した。

そして、震えるその手を差し出す。

リラはフィリーネの手首のあたりを両手でそっと包み込む。

ほどなくして立ち上がると、リラはリィピに手招きした。




「リィピ、ちょっとこっちに来て、薬を頂戴」

「……リィピ、リラの前、いく……」




リィピは念仏のようにボソボソとつぶやきながらのそりと動き出す。

そして、リラの前まで来ると膝をついた。

岩のように大きな背中をゆっくりと丸め、その背に抱えている背負い箱をリラの手の届く位置へともってきた。リラは、背負い箱の鍵をまわし、開き戸を開けると、中から薄緑に輝く小瓶を取り出す。そして「よければ、これをのんでください」といってその小瓶をフィリーネの手に握らせた。



それを横から見ていたレオンハルトが慌てたように「フィ、フィリーネ様、そのような怪しげなものを口にしては……まずわたしが」とつぶやく。

しかし、フィリーネはその申し出を手で制した。そして深く息を吸い込むとリラに述べた。



「……あ、ありがとう。あなたが魔法薬店の店主さんね」

「はい。リラと申します。フィリーネ様はお熱があるようです。その薬は熱さましです。それと、少しだけ気分を落ち着かせる作用もあるので、もしよければ、お飲みください」

「お代はあとで払います」

「いえ。それは、お試し品として受け取っていただければ」

「まさか、そういうわけにはいきません。後ほどお支払いします」




フィリーネは青い顔をしながらも、なんとかリラとやり取りをしている。

いまにも折れてしまいそうなほどに線の細い身体だ。それに加えて非常に具合が悪そうに見える。

肝心な事がまだ何も聞けてねぇんだが、これ以上の話を今ここで聞き出すのはどうにも難しそうだ。

俺は少し考え、後日の面会を提案しようと口を開いた。




「なぁ、フィリーネさんよ、悪いんだが……」




その時「……もうしわけありませんが」と邪魔が入る。

声の主はレオンハルト。目をやると、その頬に朱がさしている。

そして奴の目の奥にかすかに灯る怒りの炎が見えた。

レオンハルトはすっと立ち上がり、静かに話す。

しかしその声には明らかに苛立ちがにじんでいた。



「ウル様……今まで、黙っていましたが、その口のきき方。わたしに対しては構いませぬが、フィリーネ様に対してあまりにも無礼です」




何を言うのかと思えば、くだらない。俺はワザとぞんざいに返した。




「……無礼だって? けっ、一体どの口が……ならばこちらも言わせてもらおうか」

「なんでしょうか?」




俺は自分の首に真一文字に手を当て横に滑らせた。




「お前さんは、初対面で俺の喉元に剣を突きつけた。それに、さっきリラの差し出した魔法薬を“そのような怪しげなもの”といった。これは無礼にあたらねぇのかい?」

「フィリーネ様はこの地を治める領主様の奥様です。こちらが、なにかと慎重になるのは当然の事」

「俺たちの無礼は咎めるくせに、自分たちの無礼は当然の事だというのかい。聞いてあきれるぜ。悪いんだが、俺は相手の身分だの階級だのには、とんと(うと)くてね」

「これは、うとい、うとくない、の話ではありません」




レオンハルトの射抜くようなまなざしが俺に突き刺さる。俺はその視線を跳ね返す。




「うとい、うとくないの話でないのならば何の話だというのだ。俺の口のきき方がそんなに気に食わないのか。自分が仕える(あるじ)が馬鹿にされているとでも感じたか?」



レオンハルトの右手がピクリと揺れた。

今にもその腰の剣に手を伸ばしかねない雰囲気。

血に飢えた野犬のように、こちらに飛びかかる寸前だ。




____こいつ、意外と頭に血が上りやすいたちか





にらみ合う俺達に、突然フィリーネが割って入った。




「レオンハルト、いいのです。わたくしは平気です」

「しかし、フィリーネ様……このような無礼を許しては」

「もともと、この無作法な面会の場を準備したのはこちらですよ」

「あ、そ、それは……仕方なく……」

「ウル様……お気になさらず。レオンハルトはわたくしのためを思って……」




そういいながら、フィリーネはレオンハルトの腕につかまりなんとかと立ち上がる。そのまま前に倒れ込みそうになるところを、両脇からリラとレオンハルトがぐっと支えた。

俺は怒りに満ちたレオンハルトから視線を外し、改めてフィリーネに語りかけた。




「とにかく、そんなに青い顔をした相手から根掘り葉掘りと話を聞く気にはならん。悪いが、改めよう」




俺のそのセリフに再びレオンハルトは何か言いたげな表情を見せた。

しかし、ぐっと口つぐんでフィリーネを気遣うように彼女の横顔を見つめた。

フィリーネは俺の提案に賛同したのか小さくうなずく。

そして消え入りそうな声で「申しわけありません」とつぶやいた。

よし、決まりだ。




「じゃ、今日のところは一旦退散するよ。真っ赤な顔をしたタコ男にも頭を冷やす時間を与えないとな」




俺がレオンハルトに向かって中指を立てると、奴は「なっ!? あなたって人は!」と再び声を荒げた。まるで頭のてっぺんから湯気でもで吐きだしそうなほどの沸き立ちようだ。


そこに、リラがすかさず入り込み「レ、レオンハルト様! ウルには私の方からちゃんと言い聞かせますので、とにかく落ち着いてください、ねっ、ねっ」と怒れる男をなだめた。

レオンハルトはバツが悪そうな顔をしながら仕方なしにうつむいた。


その時、ずっと我関せずだったリィピが、振り向きざまにつぶやいた。




「おこる……よくない……」




リィピの吐いた言葉に一同が静まり返った。

レオンハルトは気が抜けたように、大きなため息をついた。




____リィピなかなかやるじゃないか





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