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フィリーネ夫人② ★

宮廷魔術騎士団の男は剣を鞘におさめると、少し気まずそうな顔をして「手荒な真似をしてしまいました」と殊勝にも詫びを入れてきた。


どうやら俺たちを客と認めたようだ。




____急に態度を変えやがる。




男は俺の視線に気がつくと、頭を下げ、すっと目をそらした。

赤く艶めくマントを翻し、くるりと背を向ける。

そして、再び俺たちを案内するように歩き出した。

不愛想ではあるが、最低限の礼儀くらいはわきまえているようだ。不思議と好感を抱かせる男だ。

どこか卑屈な雰囲気をまとっているのが気になるところではあるが。




木漏れ日落ちる木立の隙間をぬっていくと、その先に小さな休憩所(フォリー)が見えた。






数歩の石階段の上に円形の広間。その広間の周囲をなぞるようにいくつかの石柱がまっすぐ上に伸び、見事な装飾がなされたドーム型の天井を支えている。

その広間の中央には羽根をたたんで台座に腰かける天使の石像が、人目を忍ぶようにひっそりと佇んでいた。





挿絵(By みてみん)








その時、天使の石像の後ろにゆれる人影が見えた。

人影はこちらに気がつくと、石像の手前に回り込む。

手を額にかざしまぶしそうに目を細め、口を開いた。




「ありがとう、レオンハルト」




レオンハルトと呼ばれた宮廷魔術騎士団の男は、その声に応じるかのように歩を止める。

慇懃に頭を下げると、こちらを振り返り、道を開けた。

まるで俺達に先に進めといわんばかりに。


俺はなんだかよくわからないままに休憩所(フォリー)の石階段の前まで来ると足を止め見上げた。

視線の先には、おそらく、ジェイン男爵夫人のフィリーネの姿がある。

俺が考えていたよりも随分と若い。



白磁(はくじ)のように透き通った肌の美女。

ゆったりとした薄紺の上衣(チュニック)に地味目の腰帯。肩から光沢ある白のマントを控えめに羽織っている。


金の髪は片側で簡単にまとめられている。装飾品などなに一つ身に着けてはいないようだ。

客人を迎える割にはあまりにも、という印象。


まるで着の身着のまま、ついさっき寝室を飛び出してきたとでもいわんばかりの格好だ。

フィリーネはゆっくりと口を開く。





「ごきげんよう。私の名はフィリーネ・ジェイン。あなたが、呪いの紋章師、ウル様ですか?」




フィリーネの声は木々のざわめきに交じり、まるで小鳥のさえずりのように可愛らしく響いた。俺は応じる。




「どうも……しかし、なんだか随分と……その、身軽な格好だねぇ」

「うふふ。お優しい方、物は言いようですね」

「い、いやぁ、別に悪気は」

「いいんです。ウル様のお察しの通り……わたくしはいま、別邸の寝室で引きこもっていることになっているのですから。この邸宅内でここでの面会を知っているのは、わたくしと、そこにいる、レオンハルトのみです」





____やはり




これは正式な面会ではなさそうだ。

俺はちらりとレオンハルトに目をやる。レオンハルトは何も言わず、神妙な眼差しで周囲に気を配っている。俺はフィリーネに視線をもどすと、本題に入ることにした。密会だとすると、おそらく、のんびりと世間話をしているような時間はないだろうから。




「俺が聞いた話では、お前さんにある呪いがかかっているのではないかと……人食い館の呪いが」

「人食い館……巷ではそのような噂に……?」

「ええ、ある森の中に現れる館を見たものは、その館に招待され、そして帰らぬ人となる、とね」

「わたくしがその生き残りだと……」

「ええ、ま、噂話など話半分で聞くのが正解だがね」




フィリーネは少しうつ向く。

そして、意を決したかのようにぎゅっと唇とかむと、ゆっくりと語りだした。





「この屋敷からちょうど西にあるルガールの森。そこに時々、恐ろし気な屋敷が突如として現れるのです。そして、わたくしも運悪く、その屋敷を目にしてしまった。それからどれくらい経ったのか、ある日、わたくしのもとに差出人不明の手紙が届いたのです」

「ほう……その手紙について詳しくお聞きしても?」

「ええ。なんだかとても古びた羊皮紙でできた手紙でした。捨ててしまおうかとも思ったのですが、なんだか妙に胸騒ぎがして、封を開け、その手紙をよんでしまったのです……驚くことに、その手紙の中にはわたくしの秘密が記されていたのです……そして……いまもわすれはしません。その手紙にあった最後の言葉」




フィリーネは折れそうなほどに細い指を口元にあてた。そして、小さく震える声でこう話した。



「その手紙の最後には、こう書かれていました。“貴殿の秘密をばらされたくなければ、我が館へと赴き、厳正なる裁きを受けるように”と」




フィリーネはそこまで話すと弱々しいため息をついた。そして、何かを確かめるように視線を俺の後ろに送った。その視線の先にいるはレオンハルト。


なんだか、この二人、妙な関係だったりするのだろうか。俺の疑いの心を感じ取ったのか、レオンハルトが弁明するかのように口を開いた。





「ウル様、その疑いに対するわたしからの返事はこうです。わたしとフィリーネ様は”ただの”幼馴染ですので」

「おっと……そうかい……」





その言葉が嘘か誠か。いまここで問いただすような話でもねぇか。

フィリーネは俺に顔を向けなおすと、おびえたような声でつぶやいた。




「ウル様……次にあの館に呼ばれるのは、おそらく、わたくしの夫です」

「え?」

「わたくしが、あの館から生きて帰ってこられたのには理由があるのです、それは……身代わりを立てたから」

「身代わり? 自分の代わりに館に食われる人間を差し出したと?」




俺の言葉を聞いた途端、フィリーネは青ざめ、両手で顔を覆いその場に崩れ落ちた。

その瞬間、俺の後ろから風のようにレオンハルトが飛び出し、倒れ込みそうになるフィリーネの肩をなんとか支えた。フィリーネはかすれる声で言葉をひりだした。




「……わたくしは夫を売ってしまったのです……わたくしの秘密を守るその代償に……なんて、なんて……ひどい女なのかしら……わたくしはなんて罪を犯してしまったのかしら……」




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