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アルトス・ジェイン男爵


小ぶりになった雨のなか。俺は大馬にまたがりゆっくりと南に進んでいた。


大馬“シルフィ”のひづめが踏むのは雑草の飛び出したさびれた街道。

右手側には膝上あたりまで積み上げられた背の低い石垣。道に沿って延々と伸びている。

その古びた石垣の向こうには恐ろしいほど広大な庭園がひろがる。




「馬鹿みたいにひろいな。まるで地平線だ」




おそらく、この石垣を隔てた向こう側がジェイン男爵家の邸宅の庭という事だろう。


ジェイン男爵家。はっきりいって、さほど存在感のある家系ではない。

俺の“もと”出自である七大貴族の一つ、べリントン家から辺境の土地を与えられ運営を任されている下級貴族のひとつと言ったところだ。


ここエインズ王国は、その国名に“王国”と冠してはいるものの“王族”というものは存在しない。

有力な七大貴族から選出された人物が七大貴族の代表である“王”となる。

そして、決められた任期をこの国の王として全うする。それがこの国の伝統的なあり方なのだ。


そして、その七大貴族の下にもいくつかの小さな貴族が存在する。

その一つが、ジェイン男爵家というわけだ。




「ま、ここが目的地ってところか……」




俺は足元の石垣をチラと見やる。

おそらく何十年も前に作られた古い石垣だ。足蹴りすればすぐにでも崩れそうなほどおんぼろで古めかしい造りをしている。


これは、防犯のためというよりは単なる敷地の境界線という意味合いのものだろう。

このくたびれた石垣ならば、俺の乗る大馬なら飛び越えるのは容易いが、しかし。




____どうにも妙だ。




なぜ宮廷魔術騎士団が敷地内をうろついてやがるんだ。

ここからでは、遠すぎて奴らの動向はよくは見えない。

しかし、この距離でもお互いの存在は目視できる。


敷地内のあちこちに、真っ赤なマントを羽織った宮廷魔術騎士団らしき人影がちらほらと見えるのだ。

当然ながら、奴らのほうも俺の存在には気がついているはずなのだが、特に接触してくる風でもない。

宮廷魔術騎士団の奴らは俺と同じく魔術を操る紋章師。

ヘタに侵入なんてしようものなら即戦闘開始となりかねない。くわばら、くわばら。



そんなことを考えているうちに、ついに敷地内部へと続く門番小屋にたどり着いてしまった。ここは、いわばこの邸宅の玄関口だ。



「さて、どうするか」



敷地内へとつながる道の前に黒い鉄柵がでんと陣取り、その両脇には小ぶりな煉瓦家がこちらを見下ろすようにそびえ立っていた。

俺がその場でどうしようかと迷っていると、煉瓦家の出窓が音もなく開く。

そして、窓の中に蝋のように白いのっぺりとした老人の顔が浮かび上がった。驚く俺を気にもせず、憮然とした表情のまま老人はくちをひらく。




「何か用か?」

「え、あぁ……ここは、アルトス・ジェイン男爵様の邸宅かい?」

「いかにも」




だからどうした、と言わんばかりの表情を見せ老人は黙り込んだ。

そして、俺を値踏みするような目で上から下までまじまじと眺める。俺のみすぼらしい焦げ茶の外套(クローク)を見て、この邸宅の客人として不適格とでも判断したのか、そこから一向に口を開きそうにない。

不愛想なじいさんだ。


貴族の邸宅の門番ならば、もうすこし庶民に対して開放的であるべきだとは思うのだがな。

俺はそう言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、間をつなぐ。




「実は、俺は商売をやっているんだがね」




老人は疑り深いまなざしでこちらを眺めたまま押し黙っている。俺は続ける。




「その商売ってのが魔法薬店でね。ちょいと貴族の皆様に売りこみをしたくてね」

「魔法薬店……」

「そう、生活の質を少し上げたいって人におすすめの魔法薬がたくさんあるんだ。いつもよりも、ちょっといいものをって感じさ」

「体にいいものもあるのか?」

「もちろんだ、体にも心にも良く効く魔法薬がそろっているぜ」



俺の言葉に、老人はほんの少し表情を緩めた。




「ふむ……商人ならば……領主様に面会ができるのは“特定嘆願日(とくていたんがんび)”のみだ。ここから一番近いピータバリの街にある領館で面会嘆願書をだすがいい」

「面会嘆願書……?」



老人は言いなれているのか、抑揚のない声で淡々と説明する。



「そうだ。面会嘆願書を出せば面会リストに名が乗るのだ。運がよければ“特定嘆願日”に領主様に会えるかもしれぬ」

「で、その面会嘆願書を出したとして……特定嘆願日ってのはいつなんだい?」

「次の特定嘆願日は、今日から5日後だ。その日の正午に、この邸宅に来るがいい。ただし、当日に領主様と会えるかどうかは保証できん」




老人はそう言い終えると、勢いよく窓を閉めた。そして、さっとカーテンを閉めて中に引っ込んでしまった。




「ちっ、なんて感じの悪い門番だ」




しかし、考えてみれば俺も俺だな。

貴族の邸宅を訪問するにはあまりにもという格好ではある。雨に濡れた薄汚いマントを羽織った男なんて、正直怪しまれても仕方がない。

とりあえずは、出直しだ。

俺は大馬の手綱を引くと向きを変える。



目指すはピータバリの街。そこで面会嘆願書を出す必要がある。それに、ちょうどいい事にその街には覚えがある。

そう。その街に、ドーラの営む高級娼館があるのだ。




「一度ドーラの高級娼館を訪ねてみるかな……そのついでに」




むふふ。

旅の恥はかき捨てっていうしな。


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