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ジェイン男爵夫人

ドーラからの依頼を受けて、数日後。


俺はひとまず、偵察がてらドーラに手渡された紙切れの番地を訪ねてみることにした。


その番地から推察するにそこは、俺たちが、今住んでいる聖都市フレイブルから遥か南東の辺境地。

確か、現在はジェイン男爵家が統治を任されている領土のはず。

隣国との境界地であり、その領土の大半は針葉樹の広がる森林地帯となっている。



漆黒の毛並みを持つ大馬の背に乗り、丸一日、走る。

天に突き立つ木々をよけ、俺はついにバルへルムの森を抜ける。

突如として眼前に広がるのは、なだらかな起伏の続く田園風景。薄こけたとんがり屋根の民家がちらほらと視界に映りこんだ。




「心やすまる光景というよりは、どこか寂し気で閑散としているな……」




その時、頬にひやりと冷たいものが当たった。俺は思わず大馬の手綱を引き絞り速度を落とす。嫌な予感と共に見上げると、薄曇りのそらから大きな雨粒が一斉にこちらに向かってこぼれ落ちてきた。

雨はあっと言う間に本降りになり、ざざざと周囲のすべてのものを、これでもかというほどに打ちつけはじめた。

まるで、いままでこらえていた分を、このタイミングで一気に放出したかのようだ。



「ちっ、ついてねぇ!」



俺は外套(クローク)のフードをつかみ頭にひっかぶせると周囲を見渡す。

右手に伸びるあぜ道の先、ぽつんと孤独にたたずむ小さな民家を目指すことにした。

草むらに打ち捨てられた荷台を横目に、人気のない古びた民家のへりにゆっくりと大馬を誘導する。


大馬の背から飛び降り壁に身を寄せると、屋根の下にもぐりこんだ。

体にまとわりつく不快な湿気に思わずため息が出る。




「はぁ……嫌な雨だ。もうすこし南に行けば街があるハズなんだがな……」




俺が憎たらしい空を睨んでいると、ざざざと響く雨音に交じり誰かのひそひそ声が耳に届いた。

ふとその声の方を見る。民家の壁が向こうまで続いているが、少し視線を上げるとそこには小さな出窓があった。

すると、その窓が不意に開き、中から子供の顔が飛び出してきた。その子供は周囲をきょろきょろと見回し、俺と目があうと「わ!」と叫びながら慌てて顔を引っ込めた。





しかし、ほどなく、そのちいさな顔をもう一度突き出す。恐る恐るこちらに不安げな視線を向けてきた。丸く赤らんだ頬を膨らませ、目を大きく見開き何も言わずにこちらをじっと見つめている。そして、ようやく口を開いた。




「お、おじさんは、ひ、ひとさらい?」




俺は慌ててフードを頭からはがすとできるだけ笑顔をつくり優しく答えた。




「ちがうちがう。わるいな、急な雨でちょいと雨宿りをさせてもらっているんだ。すぐに行くよ」




男の子は、しばらく押し黙っていたものの、恐怖心よりも好奇心が上回ったようで、小さな手を窓の外に伸ばすと、俺の前にいる大馬を指さした。




「りっぱなお馬さん」

「ああ……コイツは“シルフィ”っていう大馬さ。俺の相棒」

「あいぼう?」

「そう」

「ふうん……お馬さん、雨でかわいそうだね」

「心配してくれてありがとうな、でも大丈夫、慣れっこさ」



シルフィは男の子に向かってブルルーと鼻をならした。

男の子はシルフィの反応に気を良くしたのか、窓から身を乗り出し、窓枠に腹をのせる。

今にも落っこちそうな不安定な身の構えに、俺は思わず手を伸ばした。



「おいおい、落ちないでくれよ」

「おじさんは、ほんとに、ひとさらいじゃないの?」

「違うよ……なんだい、さっきから。このあたりにひとさらいがいるのか?」

「うん、ママが言っていたもん。このまえは男爵夫人がひとさらいにさらわれたって。でも戻って来たから、不思議だねって」

「……え?」



男爵夫人だと。

このあたりを治めている貴族は、ジェイン男爵家。その妻のことか。




「……うん? まてよ、てことは……まさか」




俺は胸ポケットに手を突っ込み、ドーラからの紙切れを引っ張り出すと片手でひろげた。

ドーラが示す番地というのは、番地と言ってもそれほど明確な書き方ではなかった。

この番地の書き方は街中の一画をさす番地ではなく、郊外の一軒家の可能性が高い。




“バルヘルムの森からさらに南東3キロ 街道から見て右手にコキトスの丘、左にメーベ河、広い花壇のある大きな門構えの屋敷”



「……おいおい、この番地の屋敷ってのは、もしかして……ジェイン男爵家の田舎の邸宅(カントリーハウス)の事か」




俺の言葉に男の子が反応する。



「おじさん、ジェイン様をしっているの?」

「まぁね……ちっ、ドーラの奴……」



この子の話が本当だとすると、高級娼婦ドーラのもとに通っていた人物というのはジェイン男爵のご婦人ということになる。

まさか、貴族のご婦人が娼館通いとはな。

しかも、女同士の秘密の逢瀬なのだ。








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