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娼婦のドーラ

リラのあとに続いて、俺は工房の扉をくぐる。

工房を出ると、すぐそこは魔法薬店の店内。

手前に腰高のカウンター、その向こうに広がる風景に目を向けひと息つく。



「ふぅ」




もともと古い魔術書店を安価で譲り受けたこの屋敷は、今にも崩れて来やしないかとヒヤヒヤするほどの古い建て付けだ。



俺とリラで簡単な改装はほどこしたものの天井まで届くほどの古びた両の棚は書店だった時のまま。


年季の入ったシミだらけの棚に並ぶ色とりどりの小瓶の中。そこには様々な魔法薬がつまっているのだ。カラフルというか目がチカチカするというか。


魔法薬、といってもリラが創っているのは普段使いの魔法薬が多い。紋章師達が好むような高度な魔法薬ではなく、一般の人々に売るものが大半を占めている。


その種類は実に多岐にわたる。

明かりとして使う”発光石”や、部屋を暖める為の熱を発する”暖熱瓶”にはじまり、それこそ咳止めや、熱さましなど、いわゆるごくごく普通の薬も販売しているのだ。


リラのほどの優れた魔術の才能があればもっとド派手な魔法薬がつくれるはずだ。

なぜ、そういった普通の物を創るのか、一度リラに聞いた事があるのだが、その質問にリラはこう答えた。


「魔術というものは、それをつかえない人たちの為に使うものじゃないかしら。少なくとも私はそう思っているの」と。

リラなりの矜持ってやつがあるのだ。



俺はリラのそんな言葉を思い出しながら、ふと棚を見上げた。

どれもこれも、思わず手に取りたくなるような、かわいらしい大きさの瓶たち。

その幻想的で暖かな光景に、思わず目を奪われる。




「いつみても……」




そうつぶやいて立ち止まる俺を置いて、リラは入り口にいる客に声をかけた。




「いらっしゃい。ドーラさん」



ドーラと呼ばれた女の全身を包むのは、白地にうっすらと赤しまの入った外套(クローク)

頭にかぶっていたフードをさらりとはいで、娼婦のドーラは女豹のように妖しげな眼差しを向ける。




「リラちゃん。あなた、いつ見ても惚れ惚れするお顔だわ」

「えへ、よく言われま~す」




リラは冗談っぽく世辞をかわすと、間髪入れずに本題に入った。




「ドーラさん。今回は美容液を3箱とマリンウッドの香水1箱でしたよね」

「ええ。うちの娼館の子たちにすすめていたら、口コミで噂が広がってね、他の店の子たちも使ってみたいって話が出てきたらしくて、買ってくるようせがまれちゃってね」

「わあ嬉しい! ありがとうございます」

「でも、まとめて買うんだから、それなりの“お気持ち”はいただけるのよね?」




ドーラは意味深な視線をリラに差し向けた。

リラは待ってましたと言わんばかりに、手元に小さな帳面を取り出してせっせと何事かを書き込む。

そして、すっと、帳面をドーラにかざし「本来ならばこの値段ですけど、おとどけの運搬費もつけて今回は特別にこみこみで……“熊の銀貨”25枚と“蝶の銅貨”20枚でどうでしょう」と、ぼそっとつぶやく。



ドーラはその言葉に眉尻をぐっとかためる。豊満に飛び出した胸の前で腕を組むと、胸元のクロークがさらにふくよかに盛り上がった。思わず見とれてしまうのは、男の本能のなせる業。

ドーラは悩まし気な声を出す。



「ふうぅん……そうねぇ……荷物を届けてくれるひとは、こちらの御仁?」





ドーラはリラの真横にぬぼっと突っ立っている魚獣人(マーメイド)族のリィピを見上げた。リィピは飛び出した黄色い目をきょろきょろと動かしながら、おし黙っている。押し黙っているといっても、コイツはとある事情で、うまく言葉が話せないのだ。

こんな状況では、石像のように突っ立っている以外にできることはない。


リィピを横目で眺めるドーラの眼差しに不安げな色が浮かぶ。ドーラはリラに視線を戻すとその分厚いくちびるをとがらせた。




「最近、盗賊どもが活発だっていうじゃない。もしも運搬中に荷物が盗まれでもしたら?」

「そこで、ですね……」



リラは再び帳面に何かを書き込むと、ドーラに提案する。




「運搬中の護衛もこちらで手配しますので、護衛費含めて熊の銀貨23枚ちょうどでどうでしょう?」

「あら、護衛もつけてさらに値引き……それならば、そこで手を打とうかしら」

「おしっ! 毎度アリ!!」



リラの威勢のいい声が、商談を終結に導いた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







ドーラはリラとの商談のあと、俺を店の外に呼び出した。

店の外に出ると、街はすでに夕暮れ時。宵闇があたりを包み始めていた。

俺は人目を避けるかのようにフードを目深にかぶったドーラに問いかけた。




「で、なんだい?」

「ウルちゃん、最近、あまりテマラの屋敷にこないじゃない? みんな寂しがっているわよ」

「テマラの屋敷になんて、用があるときにしか行かねぇよ。こないだはちょちと野暮用があったから何度か寄っただけだ」

「あら、そうなの」




ドーラの小さな咳払いが、人気のない路地に響いた。俺はドーラの羽織る縞模様のクロークに目をやる。




「それにしても、あのエロじじいは元気か?」

「相変わらずね」

「その一言で、朝っぱらから大酒を食らって裸で走り回るアイツの姿が容易に想像できちまう」



ドーラは噴き出した。



「ま、突拍子もないヒトだけど、女には飛び切り優しいわ」

「ただ、だらしないだけだろ」

「アタシ達みたいな女にとっては、それが優しさに映るのよ」

「あっそ。ま、俺には関係のない事さ。で、オレを外に呼び出したのは、なにも世間話がしたいからってわけじゃないだろう?」




ドーラはどこかかしこまった声でこういった。



「最近、娼館の女たちの間であるうわさがささやかれていてね」

「うわさ?」

「ええ……人食い館の噂がね」




ドーラはフードの奥から、こちらにちらりと視線を向けた。


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