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呪具、賢人ベルナの骨壺(第十四章 最終章)



俺は広間中央にある大きな容器に急いで向かう。

見上げる大きなうつわの中、ドロリとした緑の液体に浸かっていたシュウリンの体をリィピ達と共に引っ張り上げる。

シュウリンの右の太ももに絡みついていたダゴン族の触手を丁寧にはがし、容器の中からなんとか救い出すことに成功した。



俺は、自分が羽織っていたマントを裸体のシュウリンの上にそっとかぶせ、床に横たえる。

目を閉じたまま、ぐったりとしたシュウリンの鼻先に、恐る恐る指を近づける。




「くそっ、ダメか……」




残念ながら、俺の期待は砕かれた。

俺の指先に空気の流れは感じられなかった。

すでに、シュウリンは死んでいたのだ。

俺は静かに祈りをささげて立ち上がると、ゆっくりと振り返る。





両ひざを地にこすりつけ、手をリィピ達に縛り上げられたバオは、俺の視線に気がつくと突き刺すような目を向けた。そして、口元を震わせつぶやいた。




「ウル、なぜオマエがここに」

「自分の胸に手を当てて聞いてみな」

「……俺がダゴン信徒どもに突き出したのは、オマエの偽物か」

「今お前さんの目の前に立っているこの俺も偽物かもしれないぜ?」



バオは気色ばむ。のどを震わせ、大きくさけんだ。



「おちょくりやがって!」

「俺の作る傀儡人形(パペットドール)は一級品でね。血も流すしゲロも吐く、時には涙さえこぼすんだぜ」




俺は歯噛みするバオの前に立ちはだかり、しゃべる赤毛の狼を見下ろした。

さきほどのリィピ達との戦闘で、バオの羽織るマントはぼろきれのようにあちこちが切り裂かれている。破れたマントの切り口にそって赤黒い血がじんわりと滲んでいる。

俺は満身創痍のバオに問うた。




「バオ、お前さん。シュウリンをあの化け物のエサにしたのか?」



バオは、ふん、と鼻で笑い口を開く。




「あの肉の塊が、シュウリンをよこせと、せびりやがったからな」

「仲間をささげ、見殺しにしたのか」



俺のその言葉を聞くや否や、バオは心底おかしそうに口を歪ませた。そして、声をかみつぶすように、低く笑った。



「くくく……だからどうした。シュウリンのようにオレもあの容器の中に放り込むか?」

「そんなことはしないさ。お前さんの処遇は、ポーラ率いるダゴン信徒達に任せる。でもな……」




俺は歩を進め、バオの前にしゃがみこむと、胸ぐらをつかみ、鼻を寄せる。




「バオ。罪を犯したものは、相応の罰を受けるべきだとはおもわねぇか?」

「ふん、誰一人殺していないオマエのような腰抜けが、このオレに罰を下せるのか?」




バオの奴、気がついていたのか。確かに、バオのいう通り。

バオの仲間である4人の紋章師たちは、傷ついて気を失ってはいるものの、実は致命傷は与えていない。




____前提として、誰一人殺さないように。




戦闘のまえ、リィピの傀儡人形(パペットドール)達には、そう命じていたのだ。




その時、俺の胸元から突如として、ベルナが不敵な声を発した。




「……バオ。初めまして」



突然始まる自己紹介。しかし、その声の響きにはどこかしら、得体のしれない不穏な空気が含まれている。

ベルナは続ける。




「バオ、どうだ。そんな腰抜けのウルは放っておいて、ワタシと少し話してみないか?」



俺は急に会話に割り込んできたベルナをあわてて引き留める。



「……おい、ベルナ、お前さん何をする気だ……」

「なぁに、楽しくおしゃべりがしたいだけだ」




突然聞こえる俺以外の声にバオは黙り込む。

しばしの沈黙の後、警戒しながらも、ついに問いを発した。




「キサマ……なにものだ?」




バオの一つめの質問に、ベルナは満足そうに応じた。




「我が名はベルナだ」






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






ほどなく、ポーラを先頭にダゴン信徒たちが広間になだれ込んできた。そのポーラ達を先導するのは、何を隠そう俺自身の傀儡人形(パペットドール)だ。

ポーラは本物の俺に気がつくと驚いたように一瞬身を固め、俺と俺の傀儡人形(パペットドール)を交互に見つめ、すぐに理解したようだ。ゆっくりとこちらに歩み寄ると、消え入りそうな声で話す。



「ウル、私が間違っていたようだ。バオとシュウリンの言葉を信じてしまった」

「俺ってば、そんなに信用ならなかった?」

「すまない」

「冗談だ……ま、もう済んだことさ」




ポーラは一通り周囲を見渡した後、俺の足元にひざまずきうなだれているバオに視線を落とした。




「しかし、この者たちはいったい……」

「どうやら華国(かこく)の諜報団のようだ」

華国(かこく)の?」

「そうだ。お前さんたちが見つけたダゴン族の生き残りとやらを奪うつもりだったらしい。ま、詳しくはそこらでのびている連中から聞いてくれ。あいつらもバオと同じく華国の紋章師のようだ」

「我々に協力するといいながら、裏ではそんなことを考えていたのか……忌々しい連中め」

「こいつらの処遇はお前さんに任せるよ」




俺はそう言うと腕を一振りし、傀儡術を一斉に解除した。

バオを取り囲んでいたリィピの傀儡人形たちは瞬く間に霧散し、消え去った。その足元に残るのは薄汚れた木片だけ。

何人もの傀儡人形(パペットドール)に配分していた魔力の調整から解放された俺は、その瞬間、巨大な波のように押し寄せる疲労感に飲み込まれた。

ふいに、目がくらむ。全身が鉛のように重くなる。膝から力が抜け、俺は思わずその場にへたり込んだ。

典型的な”魔力切れ”の症状だ。

抵抗できないほどの、強烈な睡魔に襲われる。

ポーラの心配そうな声が頭上からぼんやりと響く。



「ウル、大丈夫か」

「悪いが……少し、休憩が必要だ……話は……あとにしよう」














数日後。



ここはスプラ王国の船着き場。

俺は白い帆を張る巨大な客船にのりこむと、甲板のふちに回り込み、乗り場からこちらを見送るポーラに軽く手を挙げた。

ほどなく船がすすみ始める。小さくなっていくポーラは見えなくなるまでこちらに手を振っていた。

胸元からベルナが小さな声で話しかけてきた。




「結局、禁術は行わず、なにもせずに帰る事になったな」

「ま、仕事のために集まった紋章師たちが、ああなっちまったんだから仕方がない」

「あの肉の塊……いや、ダゴン族の生き残りとやらはどうなったんだ?」

「ポーラの話じゃ、禁術を実行する為に、またあらたに紋章師を集めるらしいぜ。悪いが俺は遠慮させてもらったがな」

「……それにしても、ウル。なぜリィピを?」




ベルナの言葉につられて、俺は隣に目をやった。

そこには小奇麗な格好をしたリィピが、潮風を浴びながらすました顔で涼んでいる。

そう。俺はリィピを連れて帰ることにしたのだ。

俺はベルナに伝える。



「実はよ、俺の同居人にリラという少女がいるんだがな」

「同居人?」

「ああ、リラは、魔法薬の店を開いているんだ。そのリラが力持ちの手伝いを探しているんだよ。無口でいう事をよく聞く力持ち。今のリィピは条件にぴったりと合う。それにリィピの奴は、ぱっと見でかくて威圧感もあるから、用心棒としても使えそうだ」

「……ま、お前がそう言うならば」



何だか煮え切らないベルナの返事。何か思うところでもあるのだろうか。

この冷酷無比なベルナがリィピをこのような状態にしてしまった事に責任を感じているなんてことはないと思うが。

俺は話題を変える。




「あ、それにしてもよ。ベルナ」

「なんだ?」

「お前さん、あの時、バオから何の記憶を奪い取ったんだ? あの後、あいつと少し話したが、話した限りは、いたって普通だったが……」

「お前に伝えるのはよそう。自責の念に駆られたお前が、バオまで連れて帰るなどと言いしかねないようにな。しかし、これだけは言っておこう。バオはそれ相応の罰を受けたのだよ」

「ほぉん……ま、お前さんがそういうのならば、それ以上の詮索はよすか。じゃ、今回の仕事も終わりだ。ベルナ、悪いがそろそろお別れだ。骨壺のフタを閉じるぜ?」




ベルナは名残惜しそうな声で俺に告げた。




「ウル。お前と過ごした時間はなかなか有意義だった。次にいつ覚醒できるかわからぬ身だ……フタを閉める前にワタシの望みを聞いてはくれぬか?」

「はぁ? そんな義理ねぇんだけど……ま、言ってみな」

「ワタシの大好きな潮の匂いをかぎたい」

「潮のニオイ?」

「ああ、ささやかなものだろう」





ベルナの声は、不思議とどこか満足げだった。

俺は要望通り、胸元に手を差し入れて、古びた陶器の骨壺を取り出した。





「ここはきれいな海の真ん中だぜ。思う存分すいこみな」















第十四章 秘密の傀儡人形 編     





お疲れさまでした!



ここまで、よんでくださりありがとうございます!!



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