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魚獣人族、リィピの正体は


足元に無造作に散らばる魔光石は、白い光を放ちながらぼんやりと地下道を照らしている。

青白く照らされた薄気味の悪い地下道には鼻をつくような悪臭が漂う。

その時、てらてらとぬめった壁面に不意に現れたのは、這いずる数匹のムカデ。




「……んぎっ……」




俺は、はねるように壁際から飛びのき、声が漏れないよう口を両手で思いきりふさいだ。

石のように身を固めて黒光りするムカデの動向をうかがう。

俺の事などまったく気にする事もなく、大ムカデはゾワゾワと何かを探るように波打ちながら、ひび割れた壁の隙間にするりと消えていった。ベルナがとぼけた声で聴いてくる。



「ウル、なにをしている」

「……あの手の虫は、どうしてあんなに気味の悪い動きをするんだ……」




生理的嫌悪というものを見事に突いてくる造形に体の芯がブルりと痙攣する。

俺は口から手を離すと、気を取り直して周囲を見渡す。

もう少し先、曲がり角の向こうから、さらなる光が手前の床に向かってスッと伸びている。

俺は再び壁際に身を擦り付けながら、光がさしてくる方へと踏み込んだ。



「やはり……」



狭い路地はそこで終わり、次に見えたのは空洞。

俺は足を止め、身をかがめて中をうかがう。

壁にそって上に伸びていく広々としたアーチ形の天井。


その天井から視線を落とすと、広間の中央にいくつかの人影が肩を寄せて並んでいるのが見えた。


その人影の中央に、緑色の液体が注がれた大きな容器。その容器の中に、あのダゴン族の生き残りがぷかぷかと浮かんでいた。俺は小さく囁いた。



「いた」

「ふむ、やはりバオが犯人か」

「あの野郎、俺に濡れ衣を……ん?」



よく見ると容器の中に、ダゴン族の生き残りのほかにも、何かがうかんでいるのが見えた。


俺は一瞬、目を疑った。

もう一度目を凝らしてよくみるが、間違いはない。




「……シュウリン!?」




あの肉塊と一緒に大きな容器の中に入れられていたのは、シュウリンだった。

シュウリンは一糸まとわぬ妖艶な姿で、溶液の中に力なく浮かんでいた。


目を閉じたままピクリとも動かない。彼女の体の中で唯一動いている部分と言えば、彼女の頭から延びる真っ黒の髪の毛だけ。その漆黒の髪は無数の蛇のように溶液の中で、寄る辺なくうごめいている。


シュウリンの白い裸体には、隣の肉塊からのびる触手がいやらしく絡みついている。

シュウリンはその触手に抵抗する様子もなく、ただ身を任せていた。


天女のようなシュウリンのまぶしい肢体。

そのシュウリンの細い腰に、ほどよく膨らんだ乳房に、優雅な曲線を描く股のくびれに、赤黒い触手が食い込むように巻き付いている。


その触手の数本は、まるでシュウリンの体を愛でるかのように、つつと肌をなぞっている。

よく見ると、シュウリンの片足は肉塊の中にめり込むようにとらわれている。

俺は思わず、うっ、と吐き気がこみ上げた。




「……あいつら、いったい何を……ベルナ、ダゴン族ってのはどんな種族でも食うのか?」

「ダゴン族どもはとくに魔力を持つものを好んで食うと聞く。先ずは魔力をしゃぶりつくし、最後に骨を砕き血と肉をむさぼる」




あのダゴン族は不完全な身体だ。口がないのだから、肉が欲しくても、食うに食えないはず。

だとすると、今はシュウリンの魔力を吸っているところという事だろうか。




「バオの野郎。シュウリンとは仲間じゃなかったのか。仲間を生け贄に捧げるだなんて、クズ中のクズだな」

「ウル、そんな事より“敵”は何人いるのだ」



そんな事よりとはなんだ。俺はベルナの無情な言葉に呆れつつ、広間の隅々まで目を配る。



「ここから見る限り、でかい容器の前に3。壁際に2。全員で5ってところか」

「しかも、全員が手練れの紋章師である可能性が高い」

「だな。バオは回復の魔術を使うが、それ以外の奴らが何の魔術を使ってくるのかがわからねぇ。でもよ……ベルナ。お前さん、まさか、ここまで読んであのリィピを捕獲しておいたのか?」

「ワタシの行動の9割がたは、ただの成り行きだ」



まどろっこしい言い回しだ。俺はあえて問い詰める。




「ならば残りの1割は?」

「……ウル。ワタシとこうして普通に会話ができるお前という存在は、ワタシにとってはかなり貴重だ。お前のように“記憶を奪い取るワタシの呪い”に対して耐性を持つものなど、そうはおらぬ」




めずらしく、ベルナが自分の気持ちを口にしている。俺は警戒しながらも、ひとまず黙って聞いてやる。




「ワタシと会話するものは、どれだけ賢くても、どれだけ注意を払っていても、いずれはワタシの呪いに触れ、記憶を奪われ、気がふれてしまうものなのだ。あのリィピのようにな。これがどういう事かわかるか?」



ベルナはまるで同情を誘うような弱々しい声で聞いてきた。

が、俺はそっけなく「さあね」と返す。

ベルナは非常に操作性の強いヤツだ。情感豊かに話しているように見えても、コイツはあくまでも危険な呪具でしかない。


ベルナは俺の返事が期待外れだったのか少しだけ沈黙を置いた後、続けた。



「耐えがたい孤独……自分に質問をした者が皆狂っていくのだ。途方もない孤独だよ。それを勘案すれば、すくなからず、お前のような特殊な者には生き延びておいてもらった方がワタシにとっての楽しみが増えるのではないか、と、ふとおもったのだよ。残りの1割はそういったワタシの都合だ」

「ふん、らしい返事だな」



ベルナのお気持ちを聞き終えた俺は、背中の荷袋に手を差し込んだ。

俺の背に担いでいるこのでかい荷袋の中には、即席で作ったものではあるが呪いの魔道具である“ヒトガタ”がいくつか。

そして、それと同じく、リィピの鱗も複数枚。

この、ふたつはリィピの傀儡人形(パペットドール)を作成するための呪いの魔道具だ。


“ヒトガタ”と“リィピの鱗”を組みあわせてリィピの傀儡人形(パペットドール)を造り上げることができるのだ。

その数、およそ10。

魚の顔をした、口のきけないでくの坊が十人いたところで役に立たない、と、なりそうなところだが、実はそうではない。




今のリィピは、ベルナの呪いを受けてただの口のきけないでくの坊になり果てたが、本楽のリィピは違う。

本来のリィピは、魔術の武器である“魔光器”を自在に操る事ができる“投擲斧(フランキスカ)の紋章師”なのだ。俺の住むエインズ王国ではあまり聞きなれない武具を操る紋章師だが、ベルナの話によると、かなりの手練れであるらしい。


挿絵(By みてみん)



戦士系の紋章師が10人こちらの味方につけば、勝機は十分。

紋章師の分隊をひとつ、手に入れたようなもんだからな。


俺は焦げたような何の木なのかすらわからないどす黒い木で作ったヒトガタと、青く光るリィピの鱗を足元に並べると、目を閉じた。

これだけの数の傀儡人形(パペットドール)を同時に操るのは、いつぶりか。

俺がかつて、宮廷魔術騎士団にいた頃にまでさかのぼる。

ああ、あの頃は若かった。



「はぁ、こんな事をやるのは、実に久しぶりだ。うまくいくかどうかはわからん」



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