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俺の傀儡人形は最高級



立ち止まり、ふとり振り返る。

足元のはるか下に、昨日俺たちが泊まっていたであろう集落の家々が小さく並んでいるのが見えた。



「ふぅ……随分とのぼって来たな」



一息ついてから視線を前に戻す。氷に覆われた小高い丘のてっぺんまでもうすぐだ。

少し先を登っていくイダムの背中。そのうしろを、ふらふらと左右に揺れながらもしっかりとついていくのはリィピ。

今回は、わけあってリィピも同行させている。

俺は再び重い足をあげて崖路(がけみち)を踏み出した。





たどりついた、丘の上は案外と広々としていた。

ところどころに、ゴツゴツと盛り上がった灰色の岩肌が見えた。

その広場の中央あたり、白い風景をバックに、炎のように揺れる真っ赤なタテガミ。

俺たちを待ち構えるように立っているのは赤狼人レッドワーウルフ族のバオだ。

バオはまるで俺たちを迎え入れるように両手をひろげた。




「いよう、ウルにイダム。あと……誰だ?」



当然のごとく、巨躯を揺らしながらのそのそと歩くリィピを見て、バオは表情を曇らせた。

その時、イダムがすかさず「心配しないで」とフォローを入れる。


納得しきれないという雰囲気を残しつつも、バオはそれ以上の追及はしてこなかった。

俺たちは、久しぶりの再会の挨拶をかわした。

しかし、周囲をいくら見渡しても、シュウリンの姿は見えない。

俺はバオにたずねてみた。



「シュウリンがいないようだが……」

「ああ、あいつなら野暮用で今日は来られなくなった。ま、気にするな……しかし、ウル……」




バオは太い腕をむんずと組み、俺に懐疑的な眼差しを向ける。

イダム同様、こういう反応は予想していた。


もともと俺たちは金のために集められた野良の紋章師だ。

俺の言葉をバオがどこまで信じてくれるのかはわからないが、とにかく俺には釈明するしかすべがない。そもそもがだ、存在しない罪の無実をどうやって証明しろというのだ。

俺は簡単に今までの経緯を話す。


が、それを聞いても何か言いたげなバオの視線。

俺の隣にいたイダムが、仕方がないという表情で俺をかばうように言葉をつないだ。



「バオ。おそらくウルは連れ去ったりはしていないわ」

「悪党は嘘をつくものだ」

「そんな……」



イダムが冗談っぽく返事をしたものの、突然、バオの目つきがガラリと変わる。

地を這うような低い声がその口から漏れ出した。



「ウル。ダゴン族の生き残りをどこに隠した?」




空気が一変する。

バオは腰にかけていた長剣の柄に軽く手をのせた。

俺は慌てて言葉を繰り出す。



「バオ。俺はやっていない!」

「言葉では何とでもいえる……」




次の瞬間。

俺の体に激痛が走った。叫ぶ間もなく、俺はその場に膝から崩れ落ちる。

目をやると、どこからか伸びてきた真っ黒な鎖が体に巻き付いているのが見えた。

その鎖はギリギリと俺の肉体を締め付けていく。


この鎖は、一体どこから。

俺は痛みに耐えながらも、周囲をみわたし愕然とする。




「……くそっ、はめやがったな……」




さっきまで誰一人いなかったはずの小高い氷の丘の広場。

あちこちの岩陰からいくつもの無表情な魚の顔がこちらを覗き込んでいた。

どうやら囲まれているようだ。


一歩一歩、悠然と近づいてくるバオは「悪いな、ウル」と勝ち誇ったように呟くと、俺をじろりと見おろした。

そして、俺のあごめがけて強烈な足蹴りをくらわせた。

一瞬、気が遠くなりかけたが、頭を振って何とか持ちこたえる。



バオは容赦なく、次の一撃を俺の腹にお見舞いした。

口の中にどろりとした何かが広がる。

俺はありったけの怒りを込めて血交じりの唾を吐きつけ、バオを下から睨みあげた。

バオは俺の鼻先に顔を近づけると、俺の髪を鷲掴みに上に引っ張り上げる。



「さぁ、真実をいう気になったか?」

「何を言えと」

「今のうちに口を割らないと、拷問いきだぞ。今度こそ本当に、生きたまま内臓をえぐり出されるかもしれん。なにせ、魚獣人(マーメイド)族の一番の好物は他種族の臓物というはなしだからな」




その時、イダムがバオに「やめなさい!」と詰め寄る。

バオは肩をすくめて俺の髪の毛からパッと手を離すと、嘲笑するようにふんと鼻を鳴らした。




「イダム。何の義理があってこいつをかばうんだ?」

「ひどすぎる! ウルはやっていないって言ってるじゃないの!」

「それは、ダゴン信徒たちが判断することだ」

「ウルをポーラ達に引き渡すつもり?」



バオはあきれたように大きくため息をついた。




「イダム。一体、どうしたんだ。オレたちの仕事の依頼主はポーラだ。ウルはそのポーラの邪魔をしているんだぜ。これは当然のなりゆきだ」

「ウルがダゴン族の生き残りを連れ出したという、証拠がないじゃない」

「そんなことはどうでもいい」

「何ですって?」



俺は何とか声を絞り出し、バオに最初にした質問を繰り返した。




「……シュウリンは、どこだ?」



バオが舌打ちをした。

次に、ぐっとこちらに踏み込んでくる。バオの黒光りするなめし革の靴先が視界に大きく迫る。

衝撃と共に、頭の内側から世界がぐるぐる回転しはじめて、意識が薄れていく。










_____まさか、ここまで見事に本性を現すとは。







そして“視界”が切り替わる。


鎖に四肢を絡めとられ、バオにむごたらしく何度も顔を蹴られ、ついに気を失った俺。

そんな俺の姿を、すぐ後ろから眺めている“もう一人の俺”がいる。


これは、リィピの視界だ。

身体がデカイだけあって随分と視野が広く見晴らしがいい。


今この場にいるリィピも俺も、どちらもが俺が操る傀儡人形(パペットドール)

本当の俺と、本当のリィピは、別の場所にいる。こんな氷の丘の上ではない場所でぬくぬくしている。


イダムも、バオも、その事実にはいまのところ全く気がついていないようだ。

ただの人形を本物の俺たちと思い込んでいる。

それもそのはず。



____さすが、俺。



きりっと、心の中で自画自賛する。

そうでも、しないと世界中の誰も俺のようなおっさんの事など褒めはしない。

俺が作り上げる傀儡人形(パペットドール)は最高級品。匠の技によって磨きあげられた芸術品。

たとえ相手が紋章師であっても、そう簡単には見破られない自信がある。



俺は足元でのびている気の毒な傀儡人形(パペットドール)を眺めた。

そんな俺のにせものを、必死になって何度も何度も蹴りつけているバオの姿は滑稽だった。


ばーか、ばーか。

ただの人形を必死になって蹴りつけているお前は、間抜けそのものだ。

所詮は単細胞の獣人族。

頭が、ピーー(自主規制)ーーーーの、どうしよもないクソ、ピーーー(自主規制)ーーーーヤロウなのだ。

いかれてピーー(自主規制)ーーーーになっちまえ。死にぞこないのピーー(自主規制)ーーめ!



ああ心の中といえども、ムカつく奴の悪口をいうととっても気持ちがいい。




と、罵詈雑言はここまでにして、今からが問題だ。



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