ダゴン族の生き残りを誘拐した犯人とか勘弁してほしい
「俺がダゴン族の生き残りを、誘拐しただって!?」
悲鳴に似た俺の叫びが狭い酒場に響き渡る。
ここはクリーブランド沿岸の集落。その一角にある、とある宿屋のせせこましい酒場。
まばらな客に混ざりこみ、俺たちは少し早めに夕飯をとっていた。
ささくれだった粗雑な木製のテーブルを囲み、夕食タイムをおくっていた時。
聞かされたイダムの話に、俺は心臓がとびだしそうなほどに仰天させられた。
俺の向かいに座るイダムは、微動だにせず疑り深いまなざしでじっとこちらを見つめている。
まるで異端審問員の厳しい尋問でも受けているような気分にさせられる。
イダムは、俺の反応を試すように、腕を組んだまま石のようにじっと動かない。
「おい、おい、イダム。まさか、お前さんまで俺を疑っているのか?」
「……さぁ、なんとも」
「どうして俺があの不気味な目玉の化け物を誘拐する必要があるってんだよ?」
「そんな事、私にいわれたって知らないわ。あなたが犯人かどうかはともかく。ポーラ率いる“ダゴン信徒”達が、あなたを犯人だと疑い、探し回っているのはまぎれもない事実よ」
嘘が事実とすり替わり、ひとりでに暴れだす。そして、俺を奈落の底へ無理やり突き落そうとしている。ここは、なんとしても疑いを晴らさなくては、たまったものではない。
「畜生、ポーラの野郎……恩をあだで返しやがって。そんなありもしない事で、この俺を拷問にかけようとしていやがったのか。クソムカつくぜ、本当に」
どうにも腹の虫がおさまらない。善意で協力してやっていた相手にむかって、なんて仕打ちをしやがる。これが魚獣人族のやりかたなのか。
その時、テーブルの端っこにぽつんと置かれていた白い骨壺から、とぼけたようなベルナの声が聞こえてきた。
「おや、ウル、言っていなかったか。お前を捕まえた連中がダゴン信徒達だったという事を」
「ベルナ、お前さんわかっていたのか?」
「牢獄にいた時に、守衛たちの話をある程度は盗み聞きしていた。どうやらそのダゴン族の生き残り、とやらに初めてお前を引き合わせた数日後、そいつが誘拐されたようだ。疑いをかけらても仕方がない部分はあるな」
なにを今さら。知った風な顔で涼しげに言いやがる。
俺は乳白色の小憎らしい陶器を上からたたき壊してやりたい衝動に駆られる。
「てんめぇ……そんな大事なことを一切俺に話さず、どうでもいいような豆知識ばかりぺらぺらとくっちゃべりやがってぇ」
「ふん。聞いてこないお前の責任だ」
「べルナ、ふざけた事ばかり抜かしやがると、そのフタを閉めちまうぞ」
「ひえっ……それは困る」
その時、俺の隣の席でぼりぼりと飯をむさぼり食っていた、リィピがふと顔を上げた。
一体、何を言うのかと思いきや。「そのふたをしめちまうぞ」と小声で俺のセリフを真似る。
それを見ていた、イダムは小さくため息をつくと、不思議そうに口を開く。
「ところで、ウル。こちらの方は?」
「コイツはリィピ……俺の”もと処刑人”だ。」
「あぶなっかしい関係性の割には、随分と仲がいいのね」
「仲がいいというよりはだな、コイツはもう自分が誰なのかもわかっちゃいねぇよ。ベルナの呪いをまともに受けて、記憶や知識を吸い取られたからな」
イダムは目を丸くして、おびえたように肩をすくめた。
テーブルの上に鎮座する骨壺をちらりと眺めて、これ?といった感じで目くばせする。
俺はコクリとうなずいた。
その後、しばらく話すうち、イダムは徐々にその表情を和らげていった。
「ふぅ。正直、こうして話すまでは、ウルを疑う気持ちがあったけれど。どうやら、その感じだと、あなたは犯人ではなさそうね」
「あたりめぇだろ。俺にはそんなことをする動機がない。俺はいままで“スプラ王国の盾”の連中の動向を探ってたんだぞ。どこにダゴン族の生き残りを誘拐するような時間があるってんだ。ったく……心外だぜ」
イダムは小さくため息をついた。
「はぁ……いったいどうなっちゃうのかしらこの仕事……魔術陣が破壊されたあたりから、なんだか嫌な予感はしてたんだけどさ。まさか、次はその魔術をかける相手が誘拐されるだなんて。ここまで話がこじれるだなんて……やんなっちゃう」
イダムはそういうと不安げな顔をして肩を落とした。
その時、ふとした疑問が浮かび、イダムにたずねる。
「イダム、そういえば、バオとシュウリンはどうしたんだ。しばらく見てねぇが」
「ちょうど明日、落ち合う予定よ」
「そうなのか。でも、落ち合うって言ってもよ。そもそもの話、このままじゃ、この仕事自体がなくなっちまうんじゃねぇのか」
「はぁ……それも心配だし。もっと心配なのはあの二人よ。この状況を伝えたら仕事を降りるって言いだすかもね。そうなるとまた、いちからメンバーを集めなおさなきゃならない……」
イダムはテーブルの上に片肘をついて、身を乗り出すと、意味深な視線をこちらに送る。
「な、なんだよ」
「ウルはこの仕事、降りるとか言わないわよね」
「降りるも何も……まずは俺にかけられた誘拐犯の疑いを解かなきゃ、降りるに降りられねぇよ」
イダムは軽くうなずいた。
「ま、確かにそうね。とりあえず、明日、一緒に来てちょうだい」
夕食の後、俺たちは酒場を後にして部屋に戻った。
戻るなり、リィピはそのままソファの上であっという間に眠り込んでしまった。
リィピの喉の奥から発せられるブタの鳴き声のようなイビキを聞きながら、俺が寝る準備をしていると、ベッド脇のテーブルに置いていたベルナが、ぼそりとつぶやく。
「ウル。明日会うのは、さっきのイダム。そして名前の出ていたバオとシュウリン、という者たちか?」
「ああ、そうだが……それがどうした」
「バオ、シュウリン。特徴的な名だ。ワタシの知識から推測するに、そやつらは華国の出自か?」
他者に興味など持つはずのないベルナから、奇妙な問いが出た。
華国というと俺たちのすむエインズ王国から、はるか東方にある。
独特な文化圏の国だと聞いた事がある。
「バオとシュウリンが華国の者かどうかは知らないが……あぁ、そういえば、一度、名前の書き方を教えてもらったことがある。古代文字とまではいかないが、なかなか難解な文字だった気がするな。菅文字とかなんとか」
「……菅文字か……だからといって華国の出自とは限らぬな……ふうむ」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「ウル。眠る前に、お前に伝えておくことにしよう。あとになって、なぜ言わなかったなどと責められてもこまるからな」