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捕縛の魔術

ベルナの声が、俺の眠りをさまたげた。




「……ウル、どうも騒がしい」




俺はぼんやりと頭に響くベルナの声を聴きながら、もぞもぞと手を動かし、安宿の湿っぽい毛布を肩まで引き上げた。それでも、毛布の隙間につめたい空気が滑り込んでくる。



「ちっ……」




せっかく、巨乳のかわい子ちゃんと夏の海辺を走りまわるいい夢を見ていたってのに。あっという間に寒い寒い現実世界に引き戻されちまった。

俺は、ふたたび夢の世界に戻れるように、ぎゅっ目を閉じたまま祈るようにぶやいた。




「……さて続きを」




しかし、そんな俺の願いもむなしく、ベルナは俺を夢の世界に戻す気がないようだ。どことなくピンと張りつめたような声で続ける。




「ウル、ワタシには視覚がないが、他の感覚はまだある程度残っている。特にニオイや音には敏感だ。お前は眠っていて気がつかなかったのだろうが、足音が聞こえたぞ」

「……他の宿泊客じゃねぇのかよ」

「この部屋の入り口の扉の裏に二人潜んでいる。信じる、信じないは勝手だが、これが冗談にきこえるか?」



確かに、冗談にしてはつまらない。途端に頭が冴え渡る。



「……まさか……スプラ王国の盾の連中に尾行がバレたってぇのか……?」

「さぁな」



傀儡人形(パペット・ドール)をこの宿まで帰らせたのがまずかったか。しかしつけられているような気配はなかったが。


俺は慌て目を開く。そして音を立てないよう、息をひそめて体を起こすと、ベッド脇の足もとに置いていた荷袋を手探りでつかみ、ゆっくりと引っ張りあげる。

半身のまま、慎重に荷袋を背に担ぐと今度は足元のテーブルに置いていた『賢人ベルナの骨壺』をそっと手にとり内ポケットに差し込む。




ベルナの話が本当だとすると、入り口の扉はダメだ。

この部屋は二階、俺はベッドの頭側にある窓に体を這わせ、薄手のカーテンに指をかけてちらりと外をうかがう。

もともとこのあたりの建物は奇妙なほどに天井が低い、そのせいだろうか二階と言えどさほど高くはなさそうだ。

窓の下、かすかな月明かりに照らされた青白い石畳の通り。視界には見る限り誰の影も映らない。

その時、ベルナが胸元の内ポケットからささやく。




「ウル、この窓から飛びおりて逃げるのか?」

「入り口に賊が潜んでいるんだろ? だったら窓から逃げるしかねぇじゃねぇか」

「いや、そういう意味ではなく。ここから逃げ出すと宿代が未払いのままになる」

「ちっ、何を言っていやがるこんな時に」




俺は荷袋に手を突っ込むと、硬貨袋から数枚の銀貨を取り出した。それをベッドの上に置き「ほら、これでいいのか」とベルナに確認を取る。しかし、ベルナは「ワタシは別にどっちでもいいのだ。ただ、品行方正なお前が後で支払いに戻る、などと言い出さないようにな」と嫌味っぽくつぶやいた。




俺は窓の留め具をくるりとあげると窓を押し開く。室内よりもさらに冷たい空気に俺は肩をすくめる。そして、窓枠に足をかけると一気に飛び降りた。

ザリっと、通りに降り立ち、顔を上げようとした時、俺の足元に見えたのは古代文字の並んだ魔術陣。




「まずい」




二階からは暗くてよく見えなかったが、こんなところに。

魔術陣が一瞬赤くかっと光る。

その瞬間、俺の体の自由は奪われた。

これは“捕縛術”だ。こんな初歩的な罠に引っかかるとは。






「なんて間抜けだ……っ」




俺の体は着地した姿勢のままピクリとも動かない。片膝をついたまんま、まるで見えない巨人の手にがっちりと全身をつかまれてしまったかのように微動だにしない。


その時、カツカツと冷たい靴音が静寂を切り裂き、夜の通りに響き渡る。

俺はなんとか目玉だけを動かしてじっと前を睨みつけた。が、視界の半分は石畳の通りだ。

夜の闇から浮き上がるように現れたのは薄汚れたマントを羽織った魚獣人(マーメイド)族らしき人物。

そいつは、悠然と俺の目の前まで来ると立ち止まる。そして、俺の頭の上から鋭い敵意を含ませた声を響かせた。



「裏切者め」

「な、何の話だ?」

「とぼけるな。お前のそのはらわたを生きたまま引きずり出し、(にえ)にしてやる」

「へ……そりゃいい死にざまだ、願ってもないね」

「減らず口を叩くのも今の内」





次の瞬間、俺の後頭部に強烈な痛みが走った。ジンジンと体中がしびれていく。

俺はそのまま、真っ暗闇におちていった。





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