呪いの魔術の傀儡術は意外とつかれます
今、俺が寝そべっているベッドのあしもと、小物をいくらか並べればすぐにでも埋まってしまうであろう小さな面積のテーブル台が置いてある。
その小さなテーブル台の上に鎮座するのは白い陶器製の骨壺。『賢人ベルナの骨壺』だ。
ふたの開け放たれた白い円柱型の骨壺から、不気味に響きわたるささやくような声が、ふいに俺の耳に染み込んできた。
「日がな一日、ベッドの上に寝そべっていったい何をしているのだ」
心底つまらない、という感情を前面に押し出したベルナの声に、俺はすこしいらっとした。
かまってちゃんめ。明らかに俺の邪魔をしてやろうという意図が透けている声色だ。
俺は思わず、閉じていた目を薄く開き、悪態をつく古びた骨壺に視線をとばした。
「おいベルナ。俺は、今、傀儡人形を操っている最中なんだから、いきなり話しかけないでくれ」
「……はぁ、久しぶりに覚醒しているというのに、こんな小便臭い安宿でじっとしているなんて」
「あまりにうるさいと骨壺のフタを閉めちまうぞ」
「……ひぇ、それは勘弁してくれ」
「じゃ、静かにしてくれ。話す時は、俺の方から話しかける。それまで我慢してろぃ」
俺は再び両の目を閉じた。
ここはスプラ王国内にあるデマルクの街。
その街なかで一番安い“シュトラウス酒場宿”だ。
その安宿の一室、ベッドの上に寝転ぶ俺は今、魚獣人族ギピーの傀儡人形を操り、そいつでデマルクの街の近辺を徘徊中なのだ。
俺の体はこの安宿にあるが、俺の五感はそのままギピーの傀儡人形と完全に同期させている。
他者になりすますというのは想像以上に気を使うものだ。
例えば、それが戦闘中の派手なドンパチならばまだマシだが、隠密行動ともなるとなおさらに神経がすり減る。
そんな俺の傍らでベルナはやたらと茶々をいれてくる。
こんなに話好きな奴だったっけ。どうにも調子が狂っちまう。
ある程度、要件を済ませたところで俺は目を閉じたまま、ベルナに話しかけた。
「おい、ベルナ」
「お? 傀儡人形を操るのが終わったのか?」
「ある程度はな。あとはこの宿に帰ってこさせるだけだ。ところでよ、お前さん、スプラ王国の盾、という組織については何も知らないのか?」
「知らんな。最近できたものなのだろう。ウル、ワタシが何年ぶりに覚醒したと思っているのだ。さっきお前に聞かされた歴を知って愕然とした」
確かにさっきそんな話をしたような。引き攣ったベルナの声に少し同情を覚えたが。
「あぁ、それも、そうか……それにしても、なんか妙なんだよ」
「妙、とは?」
「このスプラ王国の盾とやらを名乗ってあちこちで演説をしている連中……もう少し組織立っているのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。演説をしていた奴を何人か尾行してみたが、集まるでもなく、どこかから命令を受け取っている風でもない……個々で動いているように見える」
「地下組織などというものは、案外と少人数で動いているものだ。特に核となる人物はさらに少ない。そういう連中はウワサを使い自分たちを大きく見せたがるもの……そうだ、もしも困っているのならば、いい提案があるぞ」
俺は警戒する。こいつの提案など、大抵の場合はよくない事が多いのだ。俺は黙ったまま、ベルナに次を促す。
「ウル、もしもよければ、そのスプラ王国の盾とやらの内の一人を連れてくるがいい」
「つれてきてどうなるってんだ?」
「わからぬか?」
「ああ、まーったくわからんね」
「ワタシの提案はこうだ。そのスプラ王国の盾の連中のひとりを拘束しワタシのもとに連れてくる。そして、ワタシに質問をさせればいいだけだ。そうすればワタシはそやつの知識を奪い取ることができるのだから。連中の一人を廃人にして、なおかつ、そやつの頭の中にある情報も手に入るというわけだ」
「却下だ」
ベルナは俺を小ばかにしたような口ぶりで「蜜のように甘い奴」とつぶやいた。
むっとした俺が言い返そうとした、その時、部屋のドアが静かに開いた。
扉の向こうから姿を現したのは魚獣人族のギピー。
ではなく、ギピーの姿をした俺の傀儡人形だ。
俺は勢いよく目を開くとベッドからガバリと体をはがす。そして無事に帰って来た傀儡人形に向かって指印をかざした。
途端、ギピーの体は煙のように舞い散った。そして、その床には小さな木彫りの人形がコロリと転がっている。俺はベッドから降りると、床に転がる木彫りの人形を拾い上げた。
「はぁ……やっぱり傀儡術ってぇのは普段から使っておかないと、感覚が鈍っちまうな。昔は何人もいっぺんに動かしていたもんだが……もう無理かねぇ……」
俺の独り言に、突然ベルナが割り込んできた。
「ウル、お前は実に才能を無駄遣いしている。嘆かわしい事だ。才能ある者は、その自分の才能を大事にしない傾向にある」
「才能だって? 俺はそこら中にいる野良の紋章師だぜ」
「お前も知っておろうが、この世界にはワタシと同じく”呪具”とよばれる様々な呪いの魔道具が存在する」
一体何の話だ。俺は骨壺に目をやる。骨壺の奥から、ベルナの湿り気のある声が耳に届く。
「ウル、この世界のどこかに”腐灰王の指輪”と呼ばれるものがあるそうな……その指輪をはめると際限なく体から魔力があふれ出すそうだ。その代わりに指輪の呪いにより徐々に体が腐敗してドロドロに溶けていくそうな」
「だから? その指輪を探せってか?」
「お前のような才のある者はそうはおらん。しかし、お前はそのことに気がついていないようなのでな」
「けっ、何が言いたいのやら……」
「興味があるのならば、その指輪のありかを教えてやろう」
「ま、呪具コレクターとしては興味のある話だが、また今度にするよ」
ベルナは「ふふふ」と小さく笑った。