いったんもどりましょうか。
さてさて・・・・
視点はふたたび主人公のウルへともどります。
ではでは・・・・・。
俺は一時的にクリーブランドを離れることにした。
冷たい氷の海を越えて隣のスプラ王国へと舞い戻る。
ひと気のない薄汚れた船着き場、船頭に少し多めの駄賃を手渡すと、ひっそりとスプラ王国の地を踏んだ。
今回俺たちに依頼された仕事の内容は“クローンの呪法”という禁術の実施。
ポーラが氷の海の底で見つけたダゴン族の生き残りの複製をつくりあげる事だ。
一度、ポーラに連れられて、ダゴン族の生き残りとやらと顔合わせをしたものの、その生き残りというのはかなり不完全な状態だった。
いや、不完全というよりもほとんど死にかけているといってもいいだろう。
俺がみたかぎり、顔の一部くらいしか残っていなかったのだから。
赤い肉のようなぶよぶよとした塊の中央に真っ黒の大きな目玉が一つ。そんなのが生命維持装置のようなでっかい容器の中にぷかぷかと浮かんでいるのだ。
その状態で生きているといえるのかどうかは疑問だが、世の中様々な種族がいるのだ。そんな種族がいてもおかしくはない。
俺は、背負っていた荷袋を担ぎなおすと、胸もとの内ポケットに潜む呪具『賢人ベルナの骨壺』に話しかけた。
「おい、ベルナ。なぜスプラ王国とクリーブランドはこんなに揉めているんだ? どちらも同じ魚獣人族だというのに」
ベルナは即座に蚊の羽音のようなか細い声で答える。
「……スプラ王国とクリーブランド……かつて対立などはなかったが、スプラ王国がアスドラ帝国の支配下に入ったころに両者に亀裂ができたようだ。アスドラ帝国は、スプラ王国を支援しクリーブランドを管理させた。その際に魚獣人族を意図的に支配層と被支配層に分けたのだ。今の争いの原因はその延長といえる。アスドラ帝国の支配がなくなった今でも、その時の過去が深い根を張っている」
「はぁ、ふたを開ければ、本当にくだらねぇ話だな……」
「かつてのアスドラ帝国はやりたい放題だったからな。自国に刃が向かぬよう、同種族同士を切り分けて互いに争わせる、アスドラ帝国が各地で行っていた支配政策の一環だ。為政者の常とう手段ともいえるが」
「過去をながして仲直りってわけにはいかねぇのかねぇ……」
「血は止まっても傷跡は永遠に残るもの」
「いまさら過去をなかったことにはできないってぇ事か」
「ううむ、それにしても……」
珍しく、ベルナの言葉がつまり、話の流れによどみが出た。
「なんだ? 何か言いたげだな」
「ウル、お前との会話はつまらぬ。お前といくら会話をしても一向にオマエの知識がワタシのものにならない」
「だからよ、前にもいったろ。俺には呪いの耐性がある。お前さんのもつ“質問者から知識を奪う”という呪いは俺には効かないんだ。ほかの奴らのようにはいかないぜ」
「だからつまらんのだ。お前の質問に答えてもワタシの知識は一向に増えない。お前はワタシから知識を吸い出すのみの邪悪な存在だ」
「人聞きの悪い事を言うなぃ。別に吸い出しちゃいねーよ。お前さんは、ただ単に俺の質問に答えているってだけだろ。そもそも質問に応えただけで相手の知識を奪う事の方がよっぽど質が悪いだろうが」
「ワタシには体がないのだ。各国の王立図書館に足を運ぶこともできない。考えてもみろ、骨のかけらとなってしまったこの身が、効率的に知識を得るには、他人の知識を奪う事くらいしか方法がないのだ」
「けっ、勝手に言ってろ」
俺は身勝手なベルナの主張にむかって言葉を吐き捨てると、かまわず歩を進めた。
とりあえず、近くの街に行き宿屋を見つけなくては。先ずはそこからだ。
という事で質問だ。
賢人ベルナの骨壺のお手並み拝見。
俺は、たずねた。
「ベルナよ、ここから一番近い町と、一番安い宿屋はわかるか?」
ベルナは考える間などまったく必要がないとでもいうように間髪入れずに答えた。
「北東、デマルクの街にある“シュトラウス酒場宿”が一番安いだろう」
「……お前さん、そんなことまで知っているのか」
「自分から聞いておいて何を言っているのだ」
「歴史に地理に、何でもござれだな」
「嗚呼、ウル。ワタシに質問しておいて平然としている、お前が恨めしい」
一体どこをどうとらえれば俺の事が恨めしくなるのか。ひん曲がったこいつの性根に辟易とする。
一発、説教でもしてやろうと思ったが、踏みとどまる。
そして頭をひねる。
ベルナにとって俺自身が価値がある事を正当化できそうな理由を探した。
末、ひとつ思いついた。まぁちょっと無理やりではあるが。
「でもよ、ベルナ。よく考えてもみろ、俺じゃなけりゃ、こうしてお前さんの話し相手もできんのだぞ。聞いたところによると、“普通のやつ”がお前さんと話すと、15も質問をしたところで、そいつは自分の知識をすべて奪われ、まともじゃなくなっちまうって事だろ。今までお前さんにより記憶を奪われ廃人になり果てた気の毒な連中が数百人はいるって言い伝えだが」
「どうだろうな、そんなことには興味がない」
そう平然といってのけるベルナのセリフを聞いて、俺はほんの少し背筋が冷たくなった。
やっぱり、普通に会話していると忘れちまいそうになるがコイツはまごう事なき、呪われた忌まわしき道具なのだ。
「数百人を廃人にしておいて、よくいうぜ……お前さんは間違いなく危険度レベル3の呪具だぜ」