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呪具『賢人ベルナの骨壺』


「スプラ王国から、クリーブランドが本格的に独立しようとしている……ってことね」




イダムはそう言いながら、皿の上にのっていた薄い肉にフォークを突き刺した。

硬そうで、まずそうで、汚い色のその肉が何の肉なのか皆目見当がつかないが、イダムは気にもせず口に入れかみつぶしている。こいつ、いがいとゲテモノ好きなのか。

俺は眉根を寄せる。

イダムは俺のそんな視線を全く意に介さず、もごもごと肉の入った口で続ける。



「で、ウル。これからどうする気?」

「ふむ……ちょいと“こいつ”に聞いてみるか」

「……どいつよ」




イダムはいぶかしげに周囲を見渡す。そっちに視線をやっても誰もいるはずがねぇ。

“こいつ”は俺の荷袋の中にいるんだから。

俺は足元に置いていた荷袋に手を突っ込むと、ある袋を取り出した。


麻の巾着袋。これでもかというくうらいに固く閉じられた紐の結び目をほどき中から真っ白の陶器製の小瓶をとりだす。そしてテーブルにコトリと置いた。

イダムは興味深そうに身を乗り出し、その小瓶を眺めて「これは?」と問いかける。




「これは“賢人ベルナの骨壺(こつつぼ)”という呪われた道具でね。数十年前に死んだといわれる、賢人ベルナの遺骨が入っている」

「やだ、悪趣味な。死人の骨で何しようというのかしら」

「賢人ベルナというのはな……いまでいえば歴史研究家とでもいうのかな、とにかく世界中の知識をその頭の中に詰め込んでいた奴らしくてね。こいつにこの国の歴史を聞いてみようって話しさ」

「へぇ、なんだかおもしろそうね」




目を輝かせたイダムに俺は念入りに忠告する。



「イダム、一緒に話を聞いてもいいが、これだけは守ってくれ、決してお前さんからベルナに質問をしてはいけない」

「あら、どうして?」

「質問した時点で“賢人ベルナの呪い”にかかるんだよ。賢人ベルナというのは知識の魔物でね、実に欲張りなんだ。質問者にひとつ、知識を与える代わりに、その質問者からひとつ、大事な知識を奪っていく。それを知らずにベルナに質問を繰り返しちまったやつは、最終的に自分が誰なのかすらわからなくなり気が狂っちまうってぇ話だ」




俺の説明を聞いたイダムは、半信半疑のまなざしをこちらに向けながらも、乗り出していた体をうしろにすっと引いた。そして俺をまじまじと眺める。




「ならば、ウル。あなたも質問を繰り返せば自分が誰なのかわからくなっちゃうじゃない」

「俺はちょいと特別でね。呪いにかからない体質なんだ」

「……あなた、“耐性もち”なの?」

「ほ、話が早いね」

「呪いの耐性もちなんて、初めて聞いたわ。どおりで……あのテマラが弟子にするわけね」

「おいおい、やめてくれ。俺はあのオヤジの弟子になったつもりはない」



俺はそう言いながら、純白の骨壺のふたにそっと手を置く。

そして一呼吸。

俺は呪詞(のりと)(呪いの魔術を使う時の呪文)を口元で小さく唱える。


スキル『呪具耐性』の発動だ。






天地万物(てんちばんぶつ) 空海側転(くうかいそってん) 


天則(てんそく)()りて


我汝(われなんじ)の (おきて)(したがう)


御身(おみ)(けつ)をやとひて (ゆる)したまえ






俺は古びた骨壺の蓋をもちあげた。

驚くほど軽いふただ。


途端、周囲の乾いた空気が骨壺の中に流れ込むのがわかる。体が骨壺の中に引っ張られるように感じた。

おれは前にのめり、ふと、骨壺の中を覗き込む。

骨壺の中には干からびて粉々になった骨のかけらが、いくつかコロリとならんでいる。

ひび割れた薄っぺらい骨が散らばっている。

どこの骨なのかわからないが、何度見ても薄気味悪い。

自分もいつかこんな風に骨になって、干からびてしまうのだろうが、こんな姿になっても質問を繰り返されたらたまったもんじゃないな。俺は骨になった賢人ベルナにすこしの同情を覚えつつも、小さな声で慎重に話しかけた。




「賢人ベルナよ、質問がある」




ひと時の沈黙の後、骨のかけらがしゃがれた声で語りはじめた。

耳をすまして、何とか聞き取れる事ができるほどのささやかな声。




「……嗚呼……ひさかたぶりの潮を含んだ空気……ここは、海が近い……」

「ベルナ、感慨に浸っているところ悪いが、ちょいと聞きたいことがある」

「……なんでも聞くがよい……」

「クリーブランドについて、知りたい」

「……氷の大地か……いいだろう」





ベルナはしゃがれ声で話しはじめた。



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