ききこみは早回しの魔術でいきましょう
酒瓶片手に現れた魚の顔がのっかった男は、漁師のギピーと名乗った。
どうやら魚獣人族のようだ。
俺は給仕が運んできた酒のつまみを口に頬張りながら、ふと想像する。
魚獣人族の男が、冷たい海に網を張り、魚を捕まえ満足げに笑う姿。
それって、共食いじゃないのかと突っ込みたくなったのだが、デリケートな問題に口をはさむのは得策ではないと踏んでそこは流した。
話によると、ギピーはこの集落に長年住んでいるらしく、かなり老齢のようだ。
確かに、よーく見てみるとギピーの顔を覆う鱗は、ところどころ色がくすんでいるし、鱗が剥げ落ちているような箇所もある。
酒瓶を握る手はどこか弱々しく、指の間にある水かきもなんだか薄くて瘦せこけているようにも見えた。
しかし、老齢ではあるものの、ギピーは今まであった魚獣人族の中では、一番感情豊かで饒舌に話す。
魚獣人族ってのは、全員が同じに見えてしまっていたが、念入りに目をくばるとそれなりに個性はあるようだ。
ま、逆に考えてみるとすれば。
ギピーたち魚獣人族からすると、俺たちヒト族の区別なんてつかないのかもしれないな。俺が、そんなどうでもいい事をぼんやりと頭に浮かべながらボケッと話を聞いていると向かいに座っているイダムがギピーにたずねた。
「そういえば……この集落で時々見かける不思議な石像は何なのかしら。なんというか……あのタコみたいな顔をした石の像」
イダムのその言葉に、記憶を刺激された。
たしかに。俺もこの集落に来てから、崩れかけた奇妙な石像を何度か見たことがある。
その雪に埋もれた石像は、恨めしそうな表情をしていた。見開かれた二つの目はどこか一点をカッと睨みつけているような。
イダムから石像の話が出た途端、ギピーは急に歯切れの悪い様子を見せた。上から下に清流のごとくながれていた言葉がよどむ。
「ああ……あれか、まぁ……」
ギピーは周囲を見渡しどこか不安げなそぶりを見せた。
俺もつられて店内に目をやる。しかし、特段俺たちの話を聞いているような奴らがいるわけでもない。
ギピーは仕方がないとでもいうように口元を手で隠すと声を落として「……あの石像がある場所にはあまり近寄らんほうがいいぞ……」と告げてきた。
イダムはギピーに調子を合わせ口をすぼめた。
「……なにかまずいの……?」
「あれはダゴン族をかたどった石像だ」
「ダゴン族?」
「……ああ、我ら海洋獣人種族の始祖だとかなんだとかいわれている太古の種族だ。このクリーブランドには少なからず、そのダゴン族の復活を信じている連中がいる。いつかダゴン族が現れて我らの王となり、この凍てついた氷の大地クリーブランドに独立王国をつくる、って与太話だ」
「……つまりはスプラ王国の支配者とは、完全に相反する考え方ってことになるわね」
「そうだ。クリーブランドの独立を目指す連中は、自分たちの事を“ダゴン信徒”と名乗っている」
「なるほど……実は、ここに来る前に“スプラ王国の盾”と名乗る連中を見かけたの」
「なんだ見ていたのか。最近は特に、“スプラ王国の盾”対“ダゴン信徒”のいさかいが絶えないんだよ。旅のお人にこんな事は言いたくなかったが、話のついでだ。あんたらも、観光が済んだらとっとと帰った方が身のためだぜ。どちらの連中もなぜか最近、えらく気が立っているんだ」
イダムは「忠告ありがとう」とギピーに礼を言った。
ギピーは思う存分話せたことで満足したのか、上機嫌のまま俺たちのテーブルを離れた。そのまま奥のカウンター席に座ると、給仕に何かを言いつけ、再び酒を飲み始めた。
まぁ、この程度の情報でも十分か。俺は、ほっとして、背もたれに体を預けた。
「はぁ、それにしてもよくしゃべる奴だったな。あんなに早口で話す魚獣人族がいるとはな。目がまわりそうなくらいだったぜ」
「……わたしが、“そうさせた”からね」
イダムが口元に手を当てて、なにやら含みを持たせて笑みを浮かべる。俺が「なんだよ、気持ちわりぃな」というとイダムはどこか得意げにささやいた。
「わたしは時の紋章師。時の魔術をつかえるの。ギピーに少し“早回しの魔術”をかけたのよ。聞き込みの時間短縮になるでしょ」
「どうりで……しかし、よくやるよ」
「あら、わたしにそんなことを言える立場かしら、ウル。わたしが気がついてないとでも? あなたギピーの体から鱗を一枚抜き取ったでしょ」
イダムは俺に問いただす。
大正解。図星。バレていた。
俺は言い訳せずに、素直に白状する。
「魚獣人族ってのは痛みに鈍感らしいから。一枚くらいならバレないかと思って」
「それを使ってギピーに成りすますって魂胆なのね」
「それが俺の仕事だからな。さっきのギピーの話じゃ、部外者に対する警戒が上がっているって事だ。情報を集めるならば、現地の住人に紛れ込むのが一番だろうし」
「そうね……なにはともあれ、ひとまず食事にしましょ」
イダムはそう言うと目の前に並ぶ料理に手をつけた。




