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ききこみは酒場ですか


完成間近、というところで何者かに無残にも破壊された俺たちの魔術陣。


悔しいが、もういちど一から作り直さなくてはいけない。

その徒労感たるや凄まじいものがある。腹が立つを通り越して笑いがこみ上げるほどだ。

ふわっははははっはは。はぁ~あ。



しかしながら、すぐに同じ場所で仕事再開というわけにはいかない。

また襲撃される危険性があるし見張りを強化してもらう必要があるのだ。

それに“次の場所”を探すのにもしばらく時間がかかる。

いつから仕事を再開することになるのか。

今は、ポーラからの連絡待ち状態となっているのだ。いったいいつになるのやら。




「……で、そのあいだの暇つぶし、というわけね」




野良猫のような疑り深いまなざしをくるりとこちらに向けたのはイダムだ。

いうに事欠いて“暇つぶし”とは随分な言い方じゃねぇか。

別に、頼みもしないのにその暇つぶしについてきやがったのはお前の方だ、と食ってかかりたいところだが。

その美貌に免じて許してやることにしよう。

俺は言葉を飲み込んでゆっくりと歩を進めた。





俺たちは二人で村に繰り出していた。

氷の大地クリーブランド。

内陸部のほとんどは分厚い氷に覆われている。

その氷の大地を囲むように、かすかに顔をのぞかせる地表の沿岸部に小さな集落が点々と存在している。

このあたりの住人は海洋種族が大半を占めているようだ。

その主な種族が魚獣人(マーメイド)族というわけだ。


ここに来てからというもの、空はいつみても灰色の曇天に抑えつけられ、なんだかとても陰鬱な気分にさせられる。

太陽がどこにも見当たらない低い空を軽く睨みつけながら、俺は口をとがらせる。




「けっ、俺たちのつくった魔術陣を破壊したのが誰かしらべる、なんてのは本来の俺たちの仕事じゃねぇんだがな……しかし、また邪魔でもされたら困るだろう」

「ポーラの話では“スプラ王国の盾”と名乗る過激な連中だとか……」

「そうだとしても。肝心なのは、なぜ邪魔をするのか、だろ?」

「たしかに……で、今からどこに?」

「こういう時は酒場に行くのが一番。名も知れぬ旅人と話したくなる口の軽い年寄りってのは種族を問わず、どこにでもいるもんさ」





俺はポーラに教えてもらった酒場にたどり着くと、その扉を押し開け、先にイダムを通した。

イダムは一瞬たちどまり、妙な具合に首をかしげる。




「なんだか、妙に優しいね」

「レディ・ファーストだ」

「……よくわからない冗談だけど」

「おいおい、この俺の紳士的な好意は冗談なんかじゃ……」

「……何か勘違いしているようなんだけど……わたし……」




イダムは光を吸い込んだエメラルドグリーンのまなざしでじっとこちらを見つめている。

気づまりな空気。

あれ、なんか冗談って雰囲気でもないような。イダムは俺から視線を外すと、なにも言わず肩でかわして店内に進んだ。







天井の低い店内はどんよりと湿った空気が漂っている。

あちこちのテーブルには魚の頭をした魚獣人(マーメイド)族の連中がまばらに座っている。

それにしても、この生臭いニオイは連中の体臭なのだろうか。

この集落に来てからというもの、どこにいてもこのニオイに付きまとわれて、鼻がひん曲がりそうになる。

自分の体臭って自分じゃ気がつかないって言うけど、まさか俺も気がついてないだけでクサイ可能性があるのか。

そんな不安を振り払い、俺は鼻をつまんであいているテーブルを探す。

すこし奥にあきテーブルを見つけるとそこに着いた。給仕にいくつかの料理を頼むとひと息つく。




イダムはローブの首元のくくり紐を緩める。




「それにしても、バオとシュウリンはいったいどこに行ったのかしら。ここ数日宿にも帰らないし」

「まぁ、どこぞで飲んだくれてんじゃねの」

「それならばまだマシ。もしかして、すでに帰ったなんてことはないでしょうね」

「まさか! あいつら金にはうるさそうだったぞ。もうけをパーにしてトンズラするほど馬鹿じゃなかろう」

「だといいけど……」




イダムが次の言葉を言いかけた時。

俺たちの目の前に突然、大きな酒瓶が上から勢いよくがんっとテーブルに置かれた。

俺たちは互いに小さく叫んで身をよじらせる。

酒瓶の上部を握る手は、青く光る鱗にまみれた手。

その手のあるじは、奇妙に引きつったような声で笑った。




「ひえっひえっひえっ! おうよ、このあたりじゃ、とんとみない顔だ。あんたらいったい何族だ?」




昼間から酔っているのか、その魚獣人(マーメイド)族の男は威勢のいい声でたずねてきた。

飛んで火にいるなんとやらだ。さっそく望み通りのやつがあらわれた。しかもすでに出来上がっているようだ。何でも聞きだせそうだ。

俺はそいつにあいている席をすすめて自己紹介をした。




「俺たちはヒト族だ。ちょいと旅の途中でね、このあたりに寄ったのさ」

「こんな何もない所にくるとは、もの好きなヒト族もいるもんだ」

「いやぁ、いちど氷の大地というものを見たくてね」

「ひぇひぇひぇ、氷なんてそこら中にあらぁ。いくらでもみていってくれ!」




ちょうどいい具合に、給仕が料理を運んでくる。魚やろうに、餌付け開始だ。



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