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ポーラって大丈夫?

氷の世界、クリーブランドに来てはや数日。

何が楽しいのか朝から晩まで魔術陣をカリカリと氷の床に描く、そして、近くの村の宿屋に戻って休む。

その繰り返し。金の為、金の為、とつぶやきながら。


しかし、高額な報酬が約束されているとはいえど、気が遠くなるような重労働。

ぐすん、おじさん、くじけそう。



今日も今日とて、俺たちは“氷の神殿”のなかで魔術陣を造り上げる作業に追われていた。


ポーラから受け取った“クローンの呪法”の詳細が書かれた魔術書をもとに、それぞれの持ち場で氷の床に特殊な塗料で古代文字描いていく。

この呪法の精度を高めるのに重要なのは、いかに正確な古代文字を書くか、いかに正確な形をとるか、だ。


主に、魔術陣作成の指揮を執るのは“結界の紋章師”であるシュウリン。

あいつめ、てっきり、ふざけているだけのわがまま女なのかと思っていたのだが、魔術陣や結界術にかんしての知識は俺たちの誰よりも豊富なようだ。

その点は見直したが、相変わらず文句ばかり。

なだめ役のバオがいなけりゃどうなっていた事やら。









そんな日々の最中。

ある朝、俺はこっそりとポーラに呼び起こされ宿を出る。モヤけむる村はひんやりとした夜明け前。


俺は厚手のローブを肩から羽織り、薄暗い風景の中にぼんやりと浮き上がるポーラの背中を見つけ、声をかける。




「……ふぁあ……ねみいな。なんだよ、こんな朝早くに」

「魔術陣の作成は順調だ、今日はキミを案内しようと思う」

「……ついに。クローンの呪法をかける相手か?」

「そうだ。彼女は氷の神殿がある山を越えた先、とある地下道の奥にいる」

「どうしてそんな場所に?」

「いろいろあってな。では、今から出発する」

「……俺に拒否権はねぇってか」

「キミは意外と好奇心が強い。拒否するつもりもないだろう?」




ポーラはそう言うとこちらに振り返り、少しだけ口元をほころばせた。






灰色の毛におおわれた四つ足の移動魔獣、灰色鹿(ジャコウデイル)の背に乗り、俺とポーラは白い野山を駆けていく。


急斜面もなんのその、灰色鹿(ジャコウデイル)はぴょんぴょんと足場から足場へ飛び移り、あっという間に険しい山道を登っていく。

途中、何度かの休憩をはさみつつ、俺たちはついに大きな崖の前にたどり着いた。



意外なことに、その崖に開いた穴の前には大勢の魚獣人(マーメイド)族の姿が見えた。

みな、その背には長い槍や大きな(ナタ)をかつぎ武装している。まるで襲撃を警戒しているかのように、物々しい雰囲気が漂っている。


連中は俺たちに気がつくと、軽く手をあげた。ポーラがそれに応える。

洞窟前まで来ると、ポーラは移動魔獣の背から降りた。俺もそれに続く。

ポーラが穴の前を警護している魚獣人(マーメイド)族に話しかける。




「変わりはないか」

「ああ」

「こちらは客人だ」

「ああ」

「とおるぞ」

「ああ」




なんとも味気ない会話。

ポーラはつつと先に進む、俺は遅れまいとあわてて後に続いた。

ポーラの背に追いついたところで小声で話しかける。




「なんだか、随分とピリピリしているな。こんな氷山の奥だってのに、一体何をそんなに警戒していやがるんだ?」

「私たちを妨害する連中がいてね」

「……ぼうがい?」

「ああ。イダム達から聞いていないか。となりのスプラ王国にいる“扇動者”たちの話を」

「あぁ……そんなに詳しくは知らねぇが……“スプラの盾”だと何とか名乗っている連中がいるとか」

「そうだ」



ポーラは前をむいたままうなずく。俺はさらに話を続ける。




「で、連中が何を妨害しているってんだ」

「私たちの行う事全て、だ。そもそも連中は私たちの住むクリーブランドが自治権を得たことにすら、いまだに反対している連中なのだ」

「もともと、クリーブランドはスプラ王国の植民地だったんだろ、そりゃなにかと気に食わない連中もいるだろうな」

「……おこがましい」




そんな話をしながら、俺たちは曲がりくねった地下道をすすむ。

その分かれ道ごとに魚獣人(メーメイド)族の警備兵が陣取っている。連中は辛気臭い目玉で俺たちをじっとりと睨むと、何も言わずに道を開ける。

どいつもこいつも同じ顔で見分けがつかない。唯一見分けがつくのはポーラだけだ。しかしそのポーラですら、他の連中とどこがどう違うのかと聞かれれば、はっきりとした理由がみつからない。

ただ、なんとなくポーラだ、と思う程度なのだ。



なんだか生臭い。進むほどにあちこちには骨が剥き出しになった何かの死骸が転がっている。幸いな事にこの寒さの為かハエが集るという事はないようだ。



ほどなく、少し広い空間に躍り出た。

ドーム型の天井から幾筋ものつららが、まるで何かの獣の牙のようにこちらめがけて突き立っている。足元の周囲には光る魔鉱石があちこちに並べられ、ぼんやりと室内を照らしている。

俺は奥に目をやった。

一瞬、目の前にあるそれが、何なのかよくわからなかった。



部屋の奥に、楕円形の大きな容器がみえる。

その容器の中は青白くひかる不思議な溶液で満たされている。その溶液の中に何かが浮かんでいるのが見えた。ちょうど俺たちの顔くらいの大きさの、何か。

三角形のぶよぶよとした赤い肉片のような塊からは、何本かの触手のようなものが生えている。なんだか見ていて不安になる。

気持ちのいいものじゃない事は確かだが。




俺が立ち止まっていると、ポーラはつかつかとその容器のそばまで歩み寄る。

そしておもむろに、その容器を指の背で軽く小突いた。まるでその肉片に挨拶でもするかのように。





___コン、コン





ポーラの挨拶にこたえるかのように、肉片はぶくりと(うごめ)いた。

その瞬間、容器の中がすこし泡立った。

そして、その肉片の中央が盛り上がったかと思うと。

ワレタ。

その割れ目から、漆黒の目玉がぎょろりと現れた。

カット見開かれた目は小刻みに震えながら、周囲をくるくると見まわしている。

きもちわりぃ、なんだこれは。

俺は、そいつと目を合わせないように視線をずらした。

ポーラの背にたずねる。




「おい、ポーラ。悪いが、魔獣の傀儡人形(パペット・ドール)をつくるのなんて無理だぜ? コイツの何を真似しろってんだよ。そもそも魔獣や獣に関しては、よほど縁が深い関係でもない限り個体の識別は不可能だ」

「彼女は魔獣などではない。知性ある種族だ。今はただ不完全な姿をしているだけ、本来の姿とはかけ離れている」

「……こいつはいったい何者なんだ?」




ポーラは容器を指先で撫でながら、つぶやいた。




「彼女は、私たち魚獣人(マーメイド)族の始祖ともいえる、深海獣人(ダゴン)族の生き残りなのだ。このような姿になってまで、私たちが見つけるまで、待っていてくれたのだ、このような氷に囲まれた険しい山の中で、ああ、なんと尊き御方(おかた)……」




ポーラはそういうと容器に顔を近づけた。そのまなざしは、いつもと違う湿気を帯びる。

どこか恍惚としたような、ほてった視線。



「アァ……なんと美しい、いとしいおかた……アァ……」




ポーラはそう言うと、その小さな口先からぬめった舌をだらりとたらす。

そして、中の肉片を愛でるように容器の表面をズルリと舐めた。



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