スプラ王国と自治領クリーブランドって仲悪いの?
デマルクの街。
空気中に舞う粉雪のせいか、全体的に白いもやがかかったような視界に石煉瓦の角ばった家々が均等にうかびあがる。なんだかどれも似たような家ばかり。
雪が音を吸い込むせいか、街の中は妙に静まり返っている。
少し先、先頭を行くポーラの背中を前に見つつ、隣にいたバオが赤いく毛むくじゃらの手を添えて俺に小さく耳打ちする。
「……おい、ウル。今回の仕事の内容を詳しくきいているか?」
「いや。というか、それを今からポーラが説明するってさっき言ってたじゃねぇかよ」
「それもそうだが。妙じゃないか? 俺たち全員が内容を聞いてねぇなんて」
「え? イダムもシュウリンも仕事の内容を聞いてないってのか?」
「あぁ。ただ高位の複合魔術を使用する為に呼ばれたってだけだ」
「へぇ、ま、俺は金さえもらえりゃ、それでいいよ」
「キサマ、呑気な」
「野良の紋章師なんてみんなそんな感じだろ。魔術が扱えるってのに国に仕えるでもなく、こんな辺境の土地をふらふらしてんだから」
その時、行く道の先に人だかりがみえた。
魚の頭をした魚獣人族がなにやら肩を寄せ合い固まっている。
その中央、何かの台に乗っているのかひときわ頭一つとびぬけた人物が一人、声高に叫んでいる。
その乾いた声の断片が乾いた風にのって俺の耳に届いてきた。
「ダゴン族の復活を許してはならない! クリーブランドで今起こっていることを、皆に伝えよう! さぁ隣人たちよ! 今こそ! 耳を傾けよう! 声を上げよう! クリーブランドから自治権を奪取すべきなのだ!」
その時、周囲を取り囲んでいたやじ馬から歓声が上がる。
みな口々に「そうだ、そうだ」とはやし立てている。
その光景をみて、俺は少し意外に感じた。
というもの、さっきポーラと話した限り。
魚獣人族というものは無感情で抑揚なく話す種族なのだと思っていたからだ。あの壇上で叫んでいる人物はポーラとは違い随分と情動的に見えた。
なんというか感情が見えるのだ。
それにしてもいったい何の話だ。
何かの復活を許さないだとか、自治権を奪うだのなんだのと。物騒な内容だ。
俺はふと立ち止まりその人だかりを眺める。
俺につられたのか、隣にいたバオも興味深げに口笛を吹いて、歩くのをやめた。そして、俺に目をやって楽しそうに肩を揺らす。
「……ぷぷっ、魚の頭がならんでらぁ。ありゃ魚市場か?」
「おい、よせよ」
「だってよ。なんだか、あいつらの見た目って間抜けだろ。オレサマのように真っ赤なタテガミを持つ赤狼獣人族とは大違いだぜ」
「はい、はい……それにしても、あいつら一体何の話をしてるんだ?」
「さぁな。ま、クリーブランドはもともとスプラ王国の植民地だったらしい。それが数年前に植民地から解放されて自治権を獲得したって話だ。“おさかな同士”の縄張り争いってなもんだろうな」
「ほぉん……そんなことが……」
壇上の人物は俺たちの会話をかき消そうとするかのようにさらに声を張り上げる。
「クリーブランドの連中はダゴン族の復活をもくろんでいる! 世に災厄が放たれる! そうなる前に! みな危機に備えるのだ! 決して許してはならない! 悪魔の所業だ! 世界に対する反逆なのだ!」
俺たちはその熱のこもった奇妙な集会を横目に見つつ、通り過ぎ、街中へと進んだ。
宿屋にたどりつくと、俺たちは食堂へと案内された。
丸いテーブルをぐるりと囲む。
ポーラが手早く注文したいくつかの料理が次々と目の前に並び始めた。
それを眺めながらバオが不満げにため息をついた。
「なんだかしょぼい料理ばかりだな。もっとこう、焼きたてのデッカイ肉とかは出ないのか。ま、何はともあれまず腹ごしらえだな」
各々、ある程度、食事がすすんだところで俺の左隣に座っていたイダムが口を開く。
「ポーラ、ここに来るときに見た、あの集会は何なの?」
「……あぁ、彼らか。ここ最近妙に増えている扇動者たちでね。クリーブランドが自治権をもつことに反対する連中だよ。自分たちの事を“スプラ王国の盾”などと名乗っている」
「スプラ王国とクリーブランドはいま仲が悪いって事?」
「どこでもそうだろう。隣国同士というものは」
「隣国? クリーブランドは国ではないはず。自治権が与えられたとはいえ、いまでもスプラ王国の支配下にあるのでは?」
「表向きはね」
なんだか歯切れの悪いポーラの返答に、それ以上聞くのは面倒だと思ったのかイダムは黙りスープを口にした。
その間をぬって、シュウリンが口を開く。
「私たちが集められたのは、高位の複合魔術を使う為よね。まさか、ああいった争いごとの火種になるようなことはさせないでしょうね? みんなを代表して言うけど、面倒ごとは勘弁してってのが私たちの本音よ。そうでしょ、ウル?」
シュウリンが同意をうながすような視線をこちらに向けて、ニコリと笑う。
「……あぁ? まぁ、そうだが。俺は報酬さえもらえればとくに興味はねぇよ」
「私もそうなんだけどさっ。でも、寝ざめの悪いようなことはしたくないじゃない。いくら野良の紋章師とは言え、少しばかりの倫理観はもっているつもりよ」
それを聞いていたバオが弾けたように大きな声で笑う。
「ぶっははは! 倫理観? シュウリン、キサマにそんなものがあったとは、この国に遠距離移動用の結界場をつかって違法に入りこんだお前の言うセリフとは思えんな」
「あら、法を破る事と、倫理にもとる行為を行う事というのはまったくの別の問題よ」
「言ってろ。なあシュウリン、盗っ人がクモを助けて何になる。野たれ死ぬ運命に変わりはないさ」
バオはそう言いながら目の前の料理を手でつかみ大きな口で次々と平らげていく。放っておくと全部ひとりで食っちまいそうな勢いだ。ポーラは相変わらずの丸い目玉を揺らしてぼそりとつぶやく。
「……世を動かすのは法でも倫理でもない……執着だ、そこには善も悪もないのだ」
そのポーラの密かな持論は皆の会話にかき消された。