旅の仲間
数日後。
俺は、今回の仕事の依頼主イダムに指定された場所にたどり着いた。
ここはエインズ王国、最北端、国境監塔の付近だ。
今は夕刻。
鬱蒼と生い茂る森をすすむと、朽ちた教会跡痕に行き当たる。聞いていた通りだ。
随分と古い代物のようで今にも幽霊が飛び出してきやしないかとヒヤヒヤする。
コケの這いまわるひび割れた床を踏みしめながら講堂内へ進むと、ほどなく人の気配。
進むと、数人の人影が見えた。
ありがたい事に幽霊ではなさそうだが、全員の視線が俺の全身に矢のように突き刺さるのがわかった。
警戒心の強い連中だ。
講堂内の柱にもたれかかっていたのは巨木のように大きな体躯の男。
揺らめく炎のように逆立った赤毛、突き出た口元から鋭くのぞく牙がちらりと光る。
おそらく赤狼人族。
そいつは、グルルと喉を鳴らしたかと思うと、大きな口を開き言葉を発した。
「随分と、こぎたない格好をしている」
初対面だというに、ぶしつけな奴だ。お前のその真っ赤な体毛の中にはどうせノミだのダニだのがわんさかいるんだろうが。
俺は夕日の差し込む薄闇の中、その赤狼人族を睨んだ。
頭から鋭く延びる両の耳は上に向かってピンと伸びている。
赤いマントの下、ずっしりとした毛むくじゃらの腕を胸の前でガッチリと組んでいる。まるで外敵から身を守るように。
返事をしない俺の視線が気に食わないのか、そいつはさらに続けた。
「キサマ、背中の大きな荷袋は何なんだ? 足手まといにはなるなよ」
「この荷袋には、お前さんよりも役に立つ呪具が入っているんだよ」
「呪具? ほう、という事は、キサマがテマラの代わりという呪いの紋章師か」
「で? お前さんは誰の代わりなんだ?」
「あああん?」
そいつがよりかかっていたからだを柱から離し、今にも飛びかかりそうに身構えた。
その時、少し距離をとって壊れかけの椅子に座っている女が口を開いた。
「ちょい、ちょい、ちょい、そこ。いきなり喧嘩はナシ!」
三角帽子の女はそう言いながら立ち上がると、右手を胸にあて、こちらに向かっておどけた調子で頭を下げる。闇を吸い込んだような黒髪がだらりと垂れる。
女は頭を上げると場をとりなすように、にこりと笑って自己紹介をした。
「私は結界の紋章師、シュウリン。そっちのおおかみ男さんは、祝福の紋章師、バオよ」
「………俺は呪いの紋章師、ウルだ」
「ウル、ね。実はね、わたしあなたの名前、聞いたことがあるの。なんでも呪いをかけるのではなく、呪いを解く専門の紋章師だとか……」
「別にそういうわけでもねぇが……ま、よろしく」
「バオ、あなたもきちんと挨拶なさい」
シュウリンに睨まれたバオは面倒そうに首を傾げた。
なんだそれ、それがおめぇの挨拶なのか。
俺は小さく悪態をつく。
「……けっ……キバ剥き出しで、それが祝福の紋章師ってヤツのツラかよ」
その時、バオの耳がぴくんとはねる。
「……おい、キサマ、この耳は飾りではなく良く聞こえる耳でな。その気になればキサマの鼓動すら聞きわけられる。口は禍のもと、という言葉を肝に銘じておきな」
「今回の場合、耳は禍のもとじゃねぇーのか?」
「あああああああああん!?」
「ちょっと!!」
シュウリンが大きな声で俺たちのやり取りを強引にさえぎった。そして一歩こちらに歩み寄る。
「さて、ウル。イダムが渡した青い腕輪。ポートは持ってきた?」
「ああ、ここにある」
俺は胸ポケットから腕輪を引っ張り出す。それを見たシュウリンは小さくうなずいた。
「じゃ、奥の部屋に来て。まずウルから“異空回廊”を渡ってクリーブランドへ行ってもらうわ」
「ええ? 俺が一番手なの?」
「いいえ、一人、先にいっている人があちらで待っているはず」
「そうなのか、それなら少しは安心できるが……実は、俺こういうの初めてでよ。ちょっと緊張しちゃう」
「大丈夫よ、ウルがすることと言えば、精神統一くらいかしら。ただ、きちんと行き先を想像して、集中してくれないと失敗する可能性もあるから注意してね」
「し、し、失敗したらどうなるんだよ?」
「全く別の場所に飛ばされたり、渡っている途中で肉体が朽ちてしまったり、何十歳も年老いた状態でむこう側にたどり着いてしまったりすることもあるの」
え、なんですかそれ。
そんなの初耳なんですけど。どんな罰ゲームだよ。
「はぁ? それってめちゃくちゃ危険ってことじゃねーの!?」
「大丈夫よ。私たちのつくった結界を信じて。万が一の事が起きないように私たちが前もってあなたに様々な防御魔術をかけておくから。それに、その腕輪は、異空回廊の中でのあなたの存在を見つけ出す為の魔道具。それを装備していれば何かあっても軌道修正可能よ」
「……はぁ、何もない事を祈るぜ……ただでさえ俺の体はガタがきてんだからよ」
俺はシュウリンの後について奥の部屋へと赴く。
その小さな部屋の中央には、すでに輝く魔術陣が描かれていた。準備万端ってことか。
その魔術陣のすぐそばに、彼女がいた。
イダムは足元の魔術陣から発せられる光を受けながらこちらを見やる。
俺の顔を確認すると小さくうなずいた。
俺は恐る恐る、輝く魔術陣の中央に立った。
俺の前にはイダム、右にバオ、そして左にシュウリン。
皆が呼吸を合わせ、一斉に両の手を前にそれぞれの祝詞(呪文)を唱えはじめた。緑、青、黄色、様々な魔術の光が渦を巻きながら俺の体を包み込む。
俺の体の中央が徐々に熱を持つのがわかる。
そうだ、この感覚。久しく忘れていた。
回復魔術、防御魔術、補助魔術、自分にたいして付加魔術がかけられた時、体の奥から力がみなぎると同時に気分も高揚するのだ。
恐れや、痛みが消えていく。
自分の心や体に一枚一枚、膜がはられていくような不思議な安心感。
次の瞬間。
俺は、飛んだ。
目を開くと、足元に小さな焚火がゆらめいているのが見えた。
天にむかってきらめく炎。赤と黄色の。
「来たか」
耳音で響いたその声に、俺はびくりとした。
周囲を見渡すと、焚火に照らされたのはごつごつとした岩場。
どうやら洞窟のようにも見えるが。
すると焚火をはさんだ向こう側に男の姿が浮かび上がった。
その男は深みのある声で、こちらに手を伸ばしてこういった。
「よろしくたのむ」