まにあわせの担架
ふと息継ぎをするほどの束の間。
ほんの数秒の戦闘が終わる。
俺が振り向くと、岩陰に立ち上がった男の子の姿が目にはいった。
男の子は恐怖を吐き出すように、ため息をついた。
そして口をすぼめる。
「す、す……す」
「お、おい。なんだ」
「す……すす」
「ん?」
次の瞬間、ぱぁんと弾けるように声を放つ。
「すごい! すごい! すごい! すごい動きだった! すごいよ!」
「いや、すごいのは短剣の方でね、別に俺はただのおっさん……」
「すごい! こんなところに、こんなにもすごい戦士がいるなんて! 僕を、僕を弟子にしてください!」
「いきなり、なにをいってやがる。まぁ、お前が美女なら弟子にしてやったもしれねぇが……」
「僕は、美人じゃないけど、僕の姉さんは美人だよ!」
「よし! じゃぁ、姉ちゃんだけ合格だ! っておい……」
「でも、すごい。あんな動き初めて見た! ほんとにすごかった!」
男の子は未だ、ヒヨコみたいにぴーぴー騒ぎたてる。
とりあえず詳しい話はあとまわしだ。早くここから離れないと。
俺は足元に居並ぶ灰色の毛むくじゃら達をまたぎ越える。
(死肉狼どもの血のニオイでさらにやっかいな猛獣どもが集まってくるかもしれん)
俺は周囲を警戒しながら、目を潤ませている男の子に伝えた。
「とにかく、おちつけ。すぐにここをはなれるんだ。急いで彼女を運ぶ担架をつくるぞ」
「うん!」
俺たちはすぐに木の枝と服を使って簡単な担架づくりにとりかかかる。
俺が指示した通り、男の子はすぐに少し長めのまっすぐな木の枝を数本腕に抱えてきた。
なかなかのみ込みが早いぞ、わが弟子よ。
俺は枝を受け取り、地面に並べて、脱いだ上着のそでを通して亡骸をのせる”張り”の部分をつくる。
悪いとは思ったが、男の子のブラウスも使わせてもらう事にした。
男の子はブラウスのしたにも何枚か着込んでいたみたいだ。
しかしブラウスを脱いだ下から現れた男の子の体は驚くほど細っこい。
(何日も、何も喰っていないみたいに痩せてやがる。)
その時、ふと気がついた。
男の子の喉元にある、切り傷。
ちょうどのどぼとけの下あたりに真一文字のかさぶたがある。
俺は不思議に思い、ふときいてみた。
「お前、その傷……大丈夫か?」
「え? あ、うん……大丈夫だよ?」
男の子はまるで自分の喉元に傷口があることにすら気づいていなかったように不思議そうな顔で返事をした。
剣痕に見える。しかし、あんなところを突かれていたら即死だとは思うが。
それとも単なる擦り傷の類か。
担架の最後の仕上げをしながら、俺は聞いてみた。
「おい、さっき俺がやった食いもんを自分でくわずにここにもってきたよな。お前の母ちゃんはすでに息をしてなかった……だろ?」
「うん……母さんは昨日の夜に死んじゃったみたい」
「なのになぜだ。なぜ食いもんをここに運んで来たんだ?」
「僕がずっとここにいなきゃと思ったんだ、だから食べ物をとっておこうと思った。僕がここを離れたら、すぐに母さんが魔獣どもに食べられてしまうって思ったから」
「なるほど。食いもんを残してここに持ってきたのは、誰かにあげる為じゃなくて、できるだけ自分がここにとどまる為だったのか……」
健気な話だが。正直、こんな棒っきれみたいな手足のガキひとりであの死肉狼の群れをどうこうできたとも思えんがな。
ただ、母親を守る為のその心意気は大したもんだ。なかなか意志の強い奴のようだ。