孤児のレイミラ
音のない工房でひとり。嗚呼なんて落ち着く場所だろう。
音の無い室内、あちこちに飾られた花々をぼんやりと眺めていると、再び工房の扉をノックする音が聞こえた。
目をむけると、扉からレイミラが顔をのぞかせる。木の葉のような小さな手のひらをひらひらとゆらし俺に手招きをする。
「どうした?」
レイミラは声をひそめる。
「……あのね、へんなおじちゃんがきてね、リラねいちゃんに、イケずするの」
「……いけず?」
俺は足音をひそめて扉に近寄ると、その隙間から店内に目をやる。
なるほど店先でリラと男が何事か立ち話をしている。その表情はどちらも険しい。
レイミラが俺の足元で、こそこそと話す。
「あのおじちゃんね……おきゃくさん、じゃないの」
「どうしてわかるんだ?」
「だって、レイミラが、いらっさいっていったのに、お前にようはないっていうんだもの。しつれいしちゃうわ」
「そうだな。レイミラにそんなことを言うなんて本当に失礼な奴だな……ん? あの禿げあがった頭、どこかで……」
見覚えがある。
まん丸のクロ水晶のようにつるりと光る褐色の頭。
野太い眉、下向きの矢印のように大きくとがったわし鼻。
上衣がはち切れそうなほどにでっぷりと肥え太ったあのおおきく突き出した下っ腹。
あいつは確か、道具屋のハウミンだ。
たしかアイツも俺と同じく紋章師だったっけ。
調合術を操り魔法薬や魔道具を作成することのできる“匙の紋章師”っだったはず。
ミルマルばあさんの屋敷であったきり、顔を合わせることもないだろうと思っていたのだが。
レイミラが俺のあしもとでまたひそひそと不満げに話す。
「こないだも、きたのよ」
「そうなのか?」
「そうよ、それでね、そのときもリラねいちゃんになにか文句いっていたんだから」
「へぇ……なんだろうな、商売敵ってなもんかねぇ」
「なぁに、しょうばい? しょうばいがたき?」
レイミラが言葉の意味を教えろ、というそぶりで俺の袖をぐいぐいと引っ張る。
この店で働く孤児たちの中でもレイミラは特に幼いほうだ。
しかしレイミラはそのおさない年齢に見合わないほどに、知識欲と好奇心が強い。
リラもそれを知っているようで、レイミラにはなにかと目をかけている。
俺は声を潜めて話を続ける。
「このあたりには、いっぱいお店があるだろ?」
「うん」
「同じような店があると、どうしても客の取り合いになるんだよ」
「うん、だから?」
「お前たちのおかげで、この店は評判がいい。だから目をつけられちまったのかもな」
「レイミラのせいなの?」
「そういう意味じゃないよ。お前たちのおかげでこの店の評判があがっている。それはとてもいい事なんだ。でも、それをよく思わない人たちもいるのさ。ようするに、嫉妬されちまったのかもな」
「しっと? ってなに」
「う~ん、そうだな。うらやましいと思われたのかもってことさ」
「ふうぅん。なんだか、よくわかんないけど」
「とにかく、お前のせいじゃないよ。お前はお前のしごとをきっちりとやっている。えらいぞ」
「えへへ」
しかし随分と話し込んでいるようだが。一体何の話をしているのか。
リラの表情はなんだかどんどん曇っていくようにも見える。
助け舟を出そうかとも思うものの、ここはリラの店だし、リラがこの店の長。
俺の出る幕ではない。ここはリラに任せよう。
「レイミラ、あたらしいお客さんが来たぞ、いってこい」
「うん」
店内に中年くらいのあらたな女性客が入り込んできた。
レイミラは俺の足元からぬけだして店内にかけていった。
レイミラの背中を見送った後、俺は再び工房内にもどった。