禁術の依頼
さて、ここからまた新しいお話です。
ではでは・・・・。
赤に緑に色とりどりの小瓶が、両の棚にずらりと肩を並べている。
細長い店内には、かすかなラベンダーの香りが漂う。
そのにおいをすいこむと、鼻の奥がつんと痛む、そして不思議と心がなごむ。
ここは聖都市フレイブルの商人地区にある“リラのポーション屋さん”の店内。とてもちいさな店だ。
一番奥のカウンターから眺めるこのせせこましい店内の景色も、少しずつ見慣れてきた頃合いだ。根が人嫌いなものだから誰もいない狭くて薄暗い空間にいるととーっても落ち着くのだ。
俺はウル。呪いの魔術を扱う魔術師。独り身のおっさん魔術師だ。
ここエインズ王国では、魔術を扱える者を“紋章師”と呼んでいる。
つまりは、俺は“呪いの紋章師”というわけだ。
普段は客人の呪いを解く仕事を生業としているのだが、今日は本業はお休み。
俺の同居人に、リラという暗闇妖精族の少女がいるのだが。
ここは、彼女が最近開いた魔法薬店なのだ。
彼女が不在の時はその店番を任されている。
俺はカウンターに片肘ついて、大口のあくびをかました。眠い時のあくびでは無く、暇な時に出るあくびだ。
「ふぁ~ぁ……しっかし……リラのやつ、いつ帰ってくるんだよ……」
リラは今、魔法薬を作るための素材集めに出かけている。数人の仲間と共に。
本当ならば昨日帰ってくるはずなのだが、一向に戻ってくる気配がない。どこで油を売っているのやら。
いつものこととはいえ、待ちぼうけを食らわされている間というのは、不思議と時間が長くなる。
その時、カウンター正面にある店の扉がゆっくりと開いた。
扉の上についている銅製の古いドアベルがカラリと店内に響く。
扉の向こうから、街路の陽を背に雲のように白いローブを仰々しくまとった女が足を踏み入れてきた。
客人か。
残念ながら孤独にひたる時間はここまで。
俺は少しだけ背を伸ばして仕方なく「いらっしゃい」と小さくつぶやいた。
どこか怪しげなオーラをまとった女はふんわりとした緑色にひかる髪を揺らしながら、こちらに一直線にやってくる。
カツカツと威勢のいい靴音が徐々に大きく、こちらに迫る。足音からして気が強そうだ。
女は俺に視線を落とすと、口を開いた。
「あなたが、ウル?」
女は髪と同じくエメラルド色の目で俺の顔を攻撃的に見下ろしてきた。
生意気な年若い女。
俺は強い視線をよけるように少し顔を横にずらして「そうだけど」とぶっきらぼうに答える。
この女のまとう雰囲気に、嫌なものが混じっている。直感でそう感じた。
女はそのまま話を続ける。
「お仕事の依頼なんだけど。少し力を借りたいの。あなたの傀儡術が必要でね」
なんだこいつは。名乗りもせずにいきなり。
「わりぃんだが、今日はそっちの方は非番だ。ここは魔法薬の店だぜ。買わないのなら出てってくれ」
「あら、随分とつれないこと」
「今日はここを離れるわけにいかないんでね」
「……話くらいはいいじゃない。あなたはきっと私の依頼を引き受けてくれるわ」
「じゃ、勝手にどうぞ」
女は軽く咳払いをすると続ける。
「……実はね。高位の複合魔術を扱う為の“呪いの紋章師”を探しているの。本当は、あなたの師であるテマラを探していたんだけど、どうしても見つからなくて。仕方なくここに」
「ああ、あのオヤジか……で、何の複合魔術を?」
「禁術よ」
俺は女の顔を見上げる。
禁術だと。何を言っているんだこの女は。
この国で禁術を扱えば紋章をはく奪され、魔術が扱えなくなっちまう。
俺は女をぐっと睨みつける。
「禁術なんかに手を貸すかよ、他をあたってくれ」
「……ふふ、禁術であの世からよみがえったあなたが、そんな事を言うの? ウル・べリントン……エインズ王国、現国王、アルグレイ・べリントンの実の息子。死んだはずの次男」
その女の言葉に、店内の空気が凍る。
____沈黙。
しびれを切らしたのは女の方だった。
「釈明はしないのね。否定も肯定もしない、一番かしこい返答だわ」
「……お前さんの寝ぼけ話に付き合ってる暇はねぇってだけだ、とっとと帰れ」
「そうはいかない。あなたにはこの仕事を請け負ってもらう。じゃないと、あなたの素性がバレちゃうかもね」
「へっ、そんな与太話を誰が信じるってんだ? それに俺はそんな噂話を流されたところで痛くもかゆくもねぇよ」
女は呆れたように小さくため息をついた。
「ふぅ。面倒な男ね。確かに、あなたにとっては、どうでもいい話でしょうね。でも、どうでもいいとは感じない連中もいるのよ……とくにべリントン家の人間にとって事は重大よ。現国王が禁忌の魔術に手を出し、こともあろうに自分の息子たちにその禁術をつかったなんて事がばれれば、たいへんな一大事よ。王都でどれほどの混乱が起こるか、それぐらいは想像がつくでしょう?」
「だから、さっきも言ったろ、知った事じゃねぇって。国王様がどうなろうと、王都がどうなろうと俺には関係のない話だ」
「わからない人ね。ウル、あなた、追手に追いかけられる逃亡生活なんて嫌でしょう?」
あからさまな脅迫に俺は思わず、カウンターテーブルを叩いた。
そしてゆっくりと立ち上がる。腹の底から湧き上がるのは、怒り。
俺は、女の目の高さに顔をもたげて、つぶやく。
「お前さん……俺を怒らせたいのか……?」
「いいえ。これは、ただの仕事の依頼よ。今の話はわたしの独り言。その独り言を聞いたうえで、この仕事を受けるかどうか考えてちょうだい。返事は改めてもらうわ」
女はそう言うと勝ち誇ったようにぷいっと顔を背け、踵を返した。
出口に向かうその途中に立ち止まる。
そして、店内を軽く眺めてつぶやいた。
「大変ね……”守るべき景色”があるっていうのは……すくなからず、同情するわ……」
女は捨て台詞のような言葉を残し、そのまま出て行った。




