ミルマルの死
階下、居間の小さなテーブルにはライラスリーが頼りなさげに腰かけている。
庭先でしゃがみ込んで花を見ているピリュートの背中をぼんやりと眺めながら。
俺は声をかけた。
「この屋敷に入るのは、はじめてじゃないのかい?」
ライラスリーはそっと視線をこちらに向ける。
「2度目かのう……」
「ほう、そうかい」
「ただ、よみがえったミルマルと会うのは今日がはじめてじゃ」
「なるほど、正直あの様子ではもう長くは無いだろうな……ところでよ、気になっていたんだが。お前さん、どこまで知ってるんだい。コポロじいさんの日記のなかじゃ、お前さんは何も知らないと書かれていたが、そういうわけでも無さそうだ」
ライラスリーは気が抜けたように小さく笑った。
「…‥コポロはワシに秘密にしていたつもりのようじゃが、最初から気がついておったよ。あやつが何をしようとしていたのかは」
「だろうねぇ、日記を読む限りコポロじいさんは他人を信用しすぎる性格のようだ」
ライラスリーは何も言わずに目を細めた。俺は窓辺に進み、話を続ける。
「で、ミルマルばあさんがもし亡くなれば、お前さんはどうするつもりなんだ。ずっと見守ってきたんだろ。まさか、考えなしってわけでもないだろう?」
「……金魂球は、地中にある親球が枯れてしまえば子球であるミルマルも枯れてしまう」
「だな」
「そうなれば、ようくミルマルは解放される」
「解放? どういう意味だい?」
「金魂球の性質じゃよ。子球は親球のもとから離れると、あっというまに枯れてしまう。だからミルマルは親球のあるこの屋敷からあまり遠くへは行けぬ。聖都市フレイブルの周辺くらいがせいぜいじゃ」
俺は振り返ってライラスリーに目をやる。
「なるほど、だから死んだら解放されるってわけか」
「そうじゃ。だからもしミルマルが解放されたら、わしはミルマルの亡き骸をコポロの墓にそなえてやりたい……」
「たしか、コポロじいさんは紋章を剥奪されて……」
「ああ……王都の牢獄で死んじまった」
「てことは、王都の共同墓地ってことか」
「その通り、ワシはミルマルをそこに連れて行ってやりたい。ワシに出来る事といえば、それくらいしかない」
生きているあいだはこの地に縛られて身動きが取れず。死んでからはじめて愛する夫の墓参りに行くだなんて。少し残酷すぎやしないか。
俺にはコポロじいさんの気持ちがこれっぽっちもわからない。ミルマル婆さんからすればいい迷惑じゃねえか。
「けっ、なんだか釈然としねぇな」
「……ミルマルには本当に気の毒な事をしてしまった。死んだ者を蘇らせるだなんて事は、本来の道から外れた行為なのだから」
今のライラスリーの言葉に、俺はふと我が身を顧みる。
俺はかつて、死んだ実の兄を蘇らせるためにこの命を捧げて死んだ。実の父の命令で。
しかし、なんの因果か生き返っちまったんだ。ならば俺は道を外れた存在って事なのかもな。
それに、死者の蘇生は禁忌ってんなら罰せられるべき存在がいる。
それは、俺の父。
七大貴族の領主アルグレイ・ベリントン。
いまや、ここエインズ王国の国王陛下なのだ。
現国王が、禁忌を犯しているだなんて事がバレたらこの国を揺るがせる不祥事だぜ。
この国の国王が紋章師としての禁忌を犯しているってのに、その事実は我がベリントン家の極一部の者しか知らないのだ。
アイツは今だ涼しい顔でこの国の玉座に居座っているのだ。
「貴族や権力者がうまい汁をすするのはいつの世も変わらねーな。ホントに腐った世の中だぜ……」
その時、リラが青い顔で部屋に飛び込んできた。その雰囲気で察する。
俺たちは慌てて2階に駆けあがりミルマルばあさんの寝室に集まる。
そして、皆が見守る中、ミルマルばあさんは静かに息を引き取った。
その二度目の生を終えたのだ。
まるでいい夢でもみているかのような、穏やかな表情で。