コポロの日記
さて
時間はまた戻ります。
ここからは、過去のコポロの視点を離れて主人公ウルの視点へと戻ります。
ではでは・・・・。
エインズ王国歴〇〇〇年
〇月×日
ミルマルがよみがえった日の事はいまでも鮮明に覚えている。
蘇ったミルマルの言葉や所作は、まるで昨日まで私とこの屋敷でずっと一緒に過ごしていたかのようだった。
家の中のどこに何が置いてあるのか、庭に何の花を植えているのか、昨日私が何を食べ、何を食べ残して野良犬にやったのか。
そんなささいなことですら知っていたのだ。
孤独に溺れていた私をすくいあげるように、ミルマルは優しく笑いながらこう言った。
コポロったら。変な顔をして、と。
少し意外だったのは、その年齢だ。
私は、てっきりミルマルが死んだときの姿、つまり23歳の頃の姿でよみがえると思っていたのだが、そうではなかった。
ミルマルは私と同じように年を経た姿で蘇ったのだ。
もしも、ミルマルが若い姿で蘇ったら、こんな老いぼれと一緒に過ごしてくれるのだろうかと不安に思っていたのだが、それは杞憂だったようだ。
正直なところ、ほんの一瞬だけ残念だとおもった、というのは彼女には伏せておこう。
そして、驚いたことにミルマルには記憶があった。
若いころの記憶はもちろんの事。
ミルマルが“いなかった”時のことですら覚えていたのだ。いや知っていたというほうが正確だろう。
私はなぜなのか考えてみた。
その時、ふとその理由につきあたる。
そうだ。
私は日々自分の身に起きた出来事をあの金魂球にむかって毎日語りかけていたのだ。
ある時は真昼のまぶしい太陽のもと。
ある時は美しい月の光を浴びながら。
そして、またある時は強い風の吹き荒れる曇天の空の下。
そして昨晩も。
私は、毎日毎日、ずっとずっと話しかけていた。
ミルマルは私の語ったその言葉をすべて覚えていたのだ。
この金魂球の育て方を教えてくれた、エルフの老賢人ハスバルの言葉の意味はこういう事だったのだ。
彼はあのとき、こういった。
『コポロ、毎日自分の身に起きた出来事を、この金魂球に話すがいい。愛情をもって、亡き妻に語りかけるように……手を抜くでないぞ、それが、いずれ大きな収穫となろう』
そうだ。これがあの言葉の本当の理由なのだ。
しかし、彼女の記憶から抜け落ちていた部分があった。
そして、それは私が、金魂球に話さなかったことでもある。
それは。
ミルマルが死んだこと。
よみがえったミルマルは自分自身がよみがえったことを知らない。
もちろんの事、自分が金魂球という植物から生まれたことも知らない。
蘇ったミルマルの顔を見ていると、私には伝えられなった。
どうせなら、このまま。
知らせないままのほうがいいのではないだろうかと思った。
なぜだ。エルフの老賢人ハスバル。
なぜそんな重要な部分を曖昧にして、私にきちんと伝えてくれなかったのだ。
いや、まて、違う。
ハスバルを責めるのは間違いだ。
これは私の問題だ。
ハスバルは私に託したのだ。
ミルマルが一度死んだことを、本人に伝えるかどうか。
ハスバルは、その判断を私にゆだねたのだ。
でも。
私は彼女に知ってほしくはない。
知らないまま、二度目の生を全うしてほしい。
私はきっと彼女よりも先に逝くだろう。
不穏な足音は迫っている。
おそらく、私はつかまるだろう。
禁忌を犯した紋章師として裁かれる。
だから彼女にはこう言い残してこの家を出ていこう。
すこし旅に出る、と。
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寝室のベッドに横たわり、日記に目を通していたミルマルばあさんは手元の古びた革表紙をゆっくりと閉じた。
ベッドの隣。
リラが小さな丸椅子にこしかけて、ミルマルばあさんを心配そうな目で見守っている。
ミルマルばあさんは「ふぅ」と小さくため息をついた。
翻訳された、全ての日記に目を通したミルマルばあさんは、こちらに目をやる。
「ありがとう、ウルさん。こんなにたくさんの日記を、わたしにも読めるようにしてくれて」
「ミルマルさんのおいしい食事と引き換えなんだ。悪くない取引ですよ……」
「うふふ……そういってもらえると」
ミルマルばあさんはそう言うと、少しせき込む。
ミルマルばあさんの細い肩はさらにやつれ、いまにもぽっきりと折れちまいそうなほどに弱々しい。
寿命は迫っている。それがいつか、はっきりとはいえねぇが。
ここ最近のミルマルばあさんの衰弱具合を見ていると。
今にも、という感じではある。
リラがミルマルばあさんのしなびた手をそっと握りしめた。
「ミルマルさん……ほんとうに、いいの? 私の調合した魔法薬、あの特製の水をのめば……少しだけでも……長く生きられるかもしれないのに……」
ミルマルばあさんは首を振る。
「リラちゃん……ありがとうね、わたしの為に……でも、わたしはもう満足よ。こうして最期にコポロの残した日記もよめたのだし」
「最期だなんていわないでよ……」
「……ごめんね、せっかく私の為に、あちこちから材料を集めて作ってくれたものなのに……」
「……ううん、いいの……」
リラは唇を噛んで、うつむいた。その小さな肩が揺れている。
俺はふたりを残して、そっと部屋を抜け出した。