コポロのこころ ①
さてさて
ここで時間はかなり前に戻ります。
ミルマル夫人の最愛の夫
コポロの若かりし頃の視点へとうつります。
ではでは・・・・・。
ティータニア、と呼ばれるそのエルフの王国は、国土の約8割が“不思議の森”とよばれる原生林に覆いつくされている。
その原生林の木々から発せられる魔素(魔力の元)を含んだ瘴気には不思議な力があるという。
話によると、その瘴気に長い期間あてられると、体の性質が変化していくとすら言われているほどなのだ。あるものは牙が生えたり、あるものは皮膚が固く甲羅のようにかわってしまったり。
様々なうわさを聞いている。
実際、その森の中で出会った生物たちは皆一様に、実に奇怪な姿をしていた。
元来、そういう生き物だったのか、それともこの森の瘴気にあてられていびつに変化していったのか、定かではない。
無数の足を回転させてふわふわと宙を舞う奇妙な飛行虫。血走った一つ目をぎょろりとさせながら森を見回るかのように、同じ道をただ規則的に歩き続ける巨大角族。
おおよそ、私の住むエインズ王国とは別世界。
どこか異世界に迷い込んだような心もとなさを感じる。
その時、目の前を静かに歩く我が相棒、山羊人族のライラスリーが腰を低く身構えた。
こちらに小さく警告を発する。
「……コポロ。あれが、金魂球をその根に隠すというアクマノオオグチと呼ばれる植物なのではないか……?」
「……ついに」
私は身を潜めたライラスリーの隣にそっと近づき、大きな木の根元から先を見据えた。
少し先、巨人の足のように天に伸びる木の根元から生えている緑の茎が見えた。
その茎の先にはケバケバしい棘をたずさえた2枚の葉。その葉は左右に大きくひらいている。
まるで、獲物を誘う巨大な口だ。
その時、つんと甘い香りが私の鼻先にただよう。そして、突如として体の奥に甘い気配がなだれ込んでくる。頭がぼんやりと、なんだか妙に楽しい気分になってくる。
「ああ……なんと、いいニオイだろう。まるでとれたての蜜のような……それとも」
私の言葉にライラスリーが声色を変え鋭くつぶやいた。
「コポロ。血迷うな。お前。マスクをしっかりつけているのか?」
「ん? あぁ、抜かりはない」
「僕には全くいいニオイに思えないぞ。というよりも、この森のすべてのニオイは僕には強すぎる」
「お前の鼻は特別だからな……でも、だからこそ頼りになるってもんさ」
「おべっかを言っている場合か。とにかく、きちんとマスクの紐を閉めなおせ」
私は「わかったよ」と言いながら、ライラスリーの忠告どおり、首元に手をやり嘴マスクの紐をしっかりと閉めなおした。
「ふぅ……少し苦しいな」
ライラスリーは小さく茶色い鼻先をこちらに向ける。
ライラスリーにはマスクなどは必要ない。山羊人族は聴覚や嗅覚が私たちヒト族よりもはるかに敏感だ。それと同時に、その感覚を自在にコントロールできる特性を持つ。
彼ら山羊人族の鼻の奥には特殊な膜が何層にも重なり、そこで毒性のある粉塵や異物を遮断することができるのだ。
ライラスリーはつぶらな青い目で私のマスクを疑り深くじろじろと確認すると小さくうなずいた。
「よし。では行こう。一番近くのアクマノオオグチの根を調べることにするか……」
「しかし、奴らの根っこを掘り起こすとなると、相当な時間がかかりそうだが」
「お前、その為に僕に同伴を依頼したのだろう。僕は“獣の紋章師”だぞ。“穴掘り屋”のめどはつけてある」
ライラスリーはそういうと、目を閉じて何事かの獣詞(呪文)を唱えた。すると、足もとの湿った土から、赤茶けた毛におおわれた大モグラが数匹はい出してきた。その手には鋭い爪がギラリとひかる。
ライラスリーが大モグラたちに命じると、連中はのそのそと進み、アクマノオオグチの周囲からものすごい勢いで土を掘りかえし始めた。
みるみるうちに、奴らは土の中に潜り込んでいく。
ライラスリーが小さくつぶやく。
「どこまで深く根がはっているのか」
私は大モグラたちの働きぶりに感心しつつ、つぶやいた。
「さて、それが問題だな……」