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4人のウル

ミルマルばあさんの寿命が近い。

なんて言われたところで俺にできる事なんてなにもない。

いや、できる事と言えば、いま引き受けているこの仕事を急ピッチで終わらせることくらいだ。

つまり、日記の翻訳を急ぐという事だ。


俺はとにかく日記の翻訳ペースを上げようと決めた。

日記を翻訳したところで、肝心のミルマルばあさんが死んじまったら元も子もねぇ。


ただ、ペースを上げるといったって、一人でこの翻訳作業を行うには限界がある。


そこで、出番だ。

まさか自分の呪いの魔術をこんな風に使うだなんて思ってもみなかったことだ。

俺は自分の分身となる傀儡人形(パペットドール)を数体つくり、そいつらに日記の翻訳をしろという命令を下す。





ミルマルばあさんの屋敷の二階。

書斎の扉の隙間から覗き込んだ室内の光景。それを見ると腹の底からこみ上げるものがある。もちろん悪い意味で、だ。




「ぐへぇ……なんてぇ光景だ。まるで地獄だな」




ほこりまみれの狭い書斎には俺のそっくりさんが4人。

皆、分厚い古代語の辞書を片手に日記の翻訳作業をあちこちで、しこしこと続けているのだ。

ぶつぶつうなりながら、いろんな角度の俺が見える。

想像してみてほしい。

自分と全く同じ顔かたちをした中年のおっさんどもが本の散乱する狭い部屋の床に座り込み、うごめく光景を。




「おえっ……」




俺は書斎の扉を閉じて、一階への階段を下りる。不意に視界がぼやけ、思わず壁に手をつき足を止める。そしてその場でじっと目を閉じる。深い呼吸で集中を保つ。


あれだけの数の傀儡人形を操るのにはそれなりにコツがいる。意識を4つに分ける必要があるのだ。他人にはうまく言えないのだが、頭の中に4つの窓を思い浮かべて、その四つの窓を同時に眺めるような感覚、とでもいえばいいのか。


それに、なにより魔力の消費が半端ではないのだ。

俺は胸ポケットにしまい込んでいた魔力回復瓶(エーテルびん)を取り出すと封を開けて、その青白く光る液体を一口で飲み干した。




屋敷の庭。

ミルマルばあさんは、いつものように庭に咲き乱れる花の世話に精を出している。

一つ一つの花に話しかけて、やさしく水をやっている。

そのちいさな背中はなんだか、前よりもさらにやせ細っているようにも見える。



「ミルマルさん」



俺が声をかけるとミルマルばあさんは振り向き、立ち上がる。そばにあるテーブル席にゆっくりと腰かけた。

俺もその向かいの席に着いた。ミルマルばあさんは額の汗をぬぐいながら口を開いた。





「ふぅ……なんだか、最近、疲れやすくてね……この花たちの世話もいつまでできることやら……」

「ミルマルさん。日記の事ですがねぇ……翻訳はほどなく終わるとおもいますが、全部読むつもりで?」

「ええ……どれくらいかかるかわからないけれどねぇ」

「まぁ……そりゃ、それなりには……」




いや、そういう事ではなくてだな。

日記を読むのに時間がかかるのはその通りなのだが。俺が気になるのはその内容だ。いま、俺の目の前にいるミルマルばあさんは、金魂球(おうごんきゅう)という球根から生まれた疑似人間、つまり、ひとの形をした植物だという事はほぼ確実となった。

問題は、その事実について、彼女がどこまで知っているか、なのだ。


ミルマルばあさんは、自分が本物のヒトではなく、魔法の球根からよみがえった意識を持った植物だという事を知っているのだろうか。

今まで、そんな話をした事はない。まさか自覚していないという事はないだろうが。俺からそんな話をすべきなのか。

俺の不安をくみ取ったのか、ミルマルばあさんは微笑んでこういった。




「心配しないで、ウルさん。あの日記に何か良くないことが書いてあるのでしょう?」

「え? いや、まぁ、よくない事というか……」

「あの人が古代文字で日記を書いたのはわたしに読まれないようにするためじゃないのかしら……あの人がそう判断したのならば、それに従おうと思ったりもしたけれど。でも……リラちゃんがね」

「リラがなにか?」



俺は急に飛び出したリラの名に少し驚く。

ミルマルばあさんはどこか迷うような表情で話す。



「……実はね、言ってなかったけれど」

「なんですかい?」

「リラちゃん、わたしの為になにかの薬草を集めてくれているみたいなの」

「ミルマルさんの為に? あいつ、そんな話は俺には、したこともないですがねぇ……」




リラは薬草採取のクエストに出て久しい。今回はかなり長い旅になるとは言っていたが。ミルマルさんと関係があるだなんてことは聞いた事がない。

何気ない、沈黙がながれた。

その隙間を埋めるようにミルマルばあさんはぽつりと言葉をこぼす。




「わたし……自分がどこか普通ではない、という事はわかっているのよ。あの人がいなくなった理由もそれが原因なんじゃないかってね……だからずっと過去にフタをしてきたの。でも、リラちゃんに会ってね。あの子があの書斎の本の中に、大事な日記が混ざりこんでいるって教えてくれた」

「リラが?」

「ええ……。だから、勇気を出して読んでみようとおもってね」

「それで……日記の翻訳を……」




まさか、今回はリラに担がれたってことか。




「リラちゃんや、ウルさんがわたしの前に現れたという事が、なにかの運命なんじゃないかと思ったりしてね……うふふ、変かしら」

「……なんだか、大げさじゃないですかい」

「でもね、そんな気がするのよ。あなた達は運命によってえらばれた、わたしの大切な友人なんだろうなって。そして、あの人にとっても」




ミルマルばあさんは、音のない風に撫でられ額に落ちた髪を、すっとかきあげた。


「わたし、あの人の名を忘れかけていた……あの人の名は、コポロ、だったかしら……」




俺は力強くうなずいた。



「そうです。ミルマルさん、あなたの愛する夫の名は、コポロですよ。やっとあなたの口からその名がでましたね」

「うふふ」



ミルマルばあさんは照れくさそうにうつむいた。




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