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道具屋、ハウミン

ベルアミと別れた後、俺は陽のさす家路を急ぐ。


リラの奴はまだクエストから帰ってこない。

隣の国の希少植物の採取に行くとかなんだとか。もう何日も経つが、本当に大丈夫なのだろうか。


何かあったのではないかと心配になってくる。助太刀に向かいたい。しかしそんな思いをぐっとこらえて、あいつを信用することにする。でもなぁ。


そんなことを堂々めぐりでグズグズと考えているうち。

帰り道の途中にある、ミルマルばあさんの屋敷の屋根が視界に映る。

今日は特に用事はない。

俺はミルマルばあさんの花に包まれた屋敷を横目に通り過ぎようとした。


しかし、その時、庭のほうから小さな悲鳴が聞こえた。

なんだか、どこか切羽詰まったような声の響き。

俺は、クルリと体の向きを変え庭先に回り込み、目隠しのように生い茂る草花の隙間から中をひそかに覗き込んだ。


複数の人のシルエットが、庭の奥に揺れている。

見かけたことのない大柄な男たちが、ミルマルばあさんを取り囲むようにつっ立っている。




「なんだ……いったい……?」




俺は息をひそめて耳をすませる。

男の一人が野太い声で話しているのが聞こえてきた。




「ばあさん、いいじゃないか。この屋敷を譲ってくれ。ここよりも、もっといい屋敷を用意してやれるからよ」

「……いやぁ、わたしはここで最期を迎えたいんだよ……諦めておくれ」

「いいじゃねぇか、悪いようにはしねぇからよ」

「いやぁ……でもねぇ……」




この屋敷を引き渡す交渉にも聞こえるが。

男たちは甘い声で、身振り手振りを交えながらミルマルばあさんをなんとか説得しようと試みている。しかしミルマルばあさんは頑として受け付けない。

次第に男の一人がしびれを切らしたように、声を荒げ始めた。




「おい、ばあさん。俺たちゃあ、ここの領主様ともねんごろなんだぞ。そんなにごねるんだったら、いっそのこと領主様に頼んで無理やりに立ち退いてもらうぜ?」

「そ、そんなことったら。わたしは、ここで最後まで暮らしたいだけなんだよ。この庭の草花たちと一緒にさ。もう老い先短いばあさんの願いだ。聞き分けておくれよ。わたしが死んだら、好きにすればいいんじゃないかねぇ」

「ちっ、ならばここで今すぐ一筆書いてくれるか? アンタが死んだら、この土地を俺たちフォレスタ商団に譲り渡すと」

「そ、そんなこと、すぐには……」

「なんだと? いま、アンタ、自分が死んだら好きにしろと言ったじゃねぇか!」



男はそう言うとミルマルばあさんを室内に連れ込もうとばあさんの細い腕を握りつぶすような勢いでつかんだ。

ミルマルばあさんが俺とは縁もゆかりもない人物ならば素通りするとこだが。

今、ミルマルばあさんは俺の仕事の依頼主。仕事の依頼主、第一優先の原則。


ばあさんに何かあったらあの日記を翻訳した報酬を払ってくれるひとがいなくなるじゃねぇか。

あのうまいスープを作ってくれるひとが。


俺は鋭く声を飛ばした。




「よう! ミルマルさん!」




男たちは一瞬ひるんだように周囲を見回した。

俺は足元の柵を乗り越える。草花をかき分けて、庭の中に入り進んだ。

見ると、男たちは3人。

そいつらは、その物騒なほどに大きな体をこちらに向けなおした。


先頭にいる頑丈そうな体躯の男の腰には、大きな剣がこれ見よがしにぶら下がっていた。

いましがたミルマルばあさんの腕をつかんでいた男だ。

そいつが一歩、俺の進路を塞ぐようにこちらに進み出てきた。


男は分厚い両の手をわざとらしく胸の前に組み、ゴキッと骨を鳴らす。

そいつは、その風貌に見合った下卑た声で、こちらを威嚇するように怒気を含んだ声で話す。




「……なんだぁ、てめぇは? 関係ねぇやつは、引っ込んでろ」

「お前の方こそ、関係ねぇやつだろ?」

「あ? 俺たちはミルマルばあさんとは古い知り合いだ。世間話の最中でね」

「ああ、そうだったのかい。実はな、俺は最近ミルマルばあさんに雇われた使用人なんだ。この屋敷の掃除を任されている」

「掃除だと? 適当な事ぬかしやがって。おい、ばあさん、コイツを知っているのか?」




男がミルマルばあさんに顔を向けると、ばあさんは、どこか迷いながらも、弱々しくコクリとうなずいた。

それを確認した男はわざとらく大きく舌打ちをした。

そして、もう一度、俺の方に蛇のような視線を向ける。



「……おお、こりゃすまねぇな。ばあさんの知合いなら仕方がねぇ。いやな、俺たちは別に事を荒立てる気はねぇんだ。お前に免じてまた今度にするよ」

「……けっ、別に“俺に免じ”なくてもいいんだぜ? 俺の目の前でさっきの続きをやって見せろ」

「……なんだとぉ?」



男の顔色が変わる。俺は男の視線をねじ伏せて、続けて嫌味の矢を放つ。



「しっかし、お前さん、どでかい耳だな。でも、でかさのわりには聞こえが悪いようだ。さっきの続きを俺の目の前でやってみせろ、といったんだ。もう一度言うが、俺の仕事は掃除だ。お前さんくらいならば、簡単に掃除できそうだが」

「正義の味方気取りが!!」




男の顔は一気に真っ赤に膨れ上がる。男の手が素早く腰の剣にかかったその時。

後ろから制止する声が飛ぶ。




「や、やめろ!」




その声に、目の前の男は腰の剣に手をかけたまま、鼻息を荒げながらも固まる。

後ろから小走りに来た男が俺たちの間に入り込む。


その男は目深にかぶっていた丸帽子をはぎ取った。

帽子の下から現れたのは見覚えのある男の顔。

俺たちの間に割って入ったのは、道具屋のハウミンだった。

ハウミンは引きつったような不自然な笑顔をみせた。そしてその乾いてひび割れた唇から声を絞り出す。



「や、やぁ。またアンタか。はははは、ま、まぁ、今日のところは帰るとするよ」




ハウミンは俺が何かを言う前にくるりと背を向けた。

そして、男たちに何事か耳打ちをする。

そして、不満そうな男たちをなだめながら、そそくさと庭から出ていった。


奴らの背中を見送った後、俺はミルマルばあさんに視線を向ける。

ミルマルばあさんは今にも後ろに倒れ込みそうなところだった。俺は慌ててかけよるとミルマルばあさんの体を地に着く前に抱きとめた。




「だ、大丈夫ですかい、ミルマルさん」

「……え、ええ、ごめんなさいね……ちょっと……めまいがしちゃって」

「ムリもねぇ。あんなごつい連中にすごまれちゃ……」



ミルマルばあさんは俺の腕にしがみつきながらも、気丈に振るまおうとしているのか、こちらに笑顔を見せた。しかし足元は頼りなく、今にもよれてしまいそうだ。俺はミルマルばあさんの背中にうでを回し、しっかりと抱えながら屋敷の中にゆっくりと案内した。




ミルマルばあさんは、腕の中から、俺の顔をじっと見あげる。なんだ、この視線は。ちょっとムズムズするんですが。俺は思わず問いかける。




「な、なんです? 俺の顔に何かついてます?」

「いえ……ウルさん、あなた……見かけによらず、意外と男らしいのね」

「見かけによらず?」

「あ、あら、ごめんなさい」



うぐ、俺の仕事の依頼主という事でいまの失言はゆるすことにしよう。

俺はゆっくりとミルマルばあさんを居間のテーブルに連れていくと、慎重に椅子に座らせた。


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