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獣の紋章師、ライラスリー

ベルアミに人物調査の仕事を依頼して数日後。


俺は再びフォレスタ冒険者ギルドへと出向いた。

ギルドの中でベルアミと落ち合うと、俺は外に出ようと提案する。

ベルアミは意外そうな顔をして「え、今からギルドで昼飯食おうと思ってたんですけど」と不服そうにつぶやきながら、俺に続いた。


少し歩くと、街の噴水広場だ。

広場にたどり着くと、俺は噴水前のボロの椅子に腰をかけ口をひらく。




「あんな騒がしい所より、ここの方が落ち着いて話ができる」

「オレとしちゃあ、どっちでもいいんですがねぇ」

「で、あのじいさんについて何かわかったか?」

「わかりやしたが、とりたてて話すことっていわれると、実はあまり……まぁ、まず、あのじいさんの名前はライラスリーです」

「……やはり、か」

「へ? 知っていたんですかい?」

「ある程度の目星はな……で、他には?」



ベルアミは歯抜けの口を動かす。



「ウルの旦那が最初に言った通り……やつぁ山羊人(メェン)族、そして獣の紋章師のようです。それに、お察しの通り元宮廷魔術騎士団員ですね。自宅に宮廷魔術騎士団の制服と、宮廷魔術騎士団の八つ獅子の紋章旗が大層な額縁にはめられて飾ってありやした。かつての栄光ってかんじですかねぇ、へぇへぇへぇ」



ベルアミはおどけて笑う。



「ふうむ……まぁ、正直その辺まではあの日記からも読み取れたな……」

「それ以外の事ってぇと、今はちび助と二人暮らしのようですぜ」

「ちび助? 子供……いや年齢的に孫か何かだろうか」

「どういういきさつかまではわかりません。ただ、そのちび助をどこかから引き取って一緒に暮らしているようですぜ。そのちび助の名はピリュート、まだ成人(この国では15歳)には達していないようです」

「ピリュート……? どこかで聞いたような……あ! ま、まさか、あのガキか!」




思わず大きくなった俺の声に、ベルアミはピクリと体を震わせる。




「ど、どうしたんでぇ。知り合いですかい?」

「いや、知り合いってもんでもないが」



どれくらい前の出来事かはおぼろげだ。

しかし、まさに“ここ”だ。

今、俺たちがいるこの噴水広場で喧嘩の仲裁をしてやったあのガキだ。



「よりにもよって、あのガキが……」

「あ、そうそう。ちなみにそのピリュートはオレと同じく、冒険者ですね。フォレスタ冒険者ギルドで今日も掲示板の前をウロウロしていやしたぜ。ま、あんまり仕事にはありつけないようでしたが」

「はぁ……世間は狭いってこういうことか」



その後ベルアミから聞き出した情報によるとライラスリーはすでに隠居の身と言っていいくらいにつつましやかな生活をしているらしい。毎日市場へ買い出しに出て、ピリュートの飯をつくり、時々町はずれまで散歩に出かけ、夜は早めに就寝する。

その散歩の途中に、ミルマルばあさんの屋敷の前まで行き、木陰に座って少し休憩して帰る。ここ数日はその繰り返しのようだ。

ベルアミは不思議そうな声で続ける。




「それがねぇ、このじいさん、そのミルマルばあさんとやらの屋敷の前まではいくんですがね、決して屋敷の中には入ろうとしないんですよ。それどころか、たずねる気配もない。少し遠くの木陰に腰を下ろしたり、周囲をうろついたり、何をするでもなく、屋敷の方を物憂げにじっと眺めているだけなんですよねぇ……その姿がどうにもさびしそうでね、なんだか見ているこっちが気の毒になってくる始末ですぜ」

「……おそらく、その時に魔術で小動物を使役してミルマルばあさんの事を見守っているんだろうな」

「知り合いなんだったら、たずねりゃいいのによぉ」

「……もしかして、知り合いではない、のかもな」

「へぇ? じゃ、す、ストーカー? ストーカーじじい?」

「お前……俺と同じ思考回路だな。はーやだ、やだ」




ベルアミの話を聞く限り、ではあるが。

要注意人物、というわけでもなさそうだ。実際に、俺はあれ以降もミルマルばあさんの家に通っているが、こちらに何かをしかけてくる気配はない。

それに、ここ数日の話でいえば、こちらに対する監視の目も感じなくなっている。

先日の子ネズミの一件で懲りたのか。それとも俺の事をミルマルばあさんにとって害のある人物ではないと判断したのか。

ライラスリーの真意はよくわからないところだが。これ以上の詮索はあまり意味がなさそうだ。




「ま、それほど気にすることでもないって事かな……」

「でも、ウルの旦那」

「なんだ?」

「ウルの旦那は自分の分身である傀儡人形(パペットドール)使いなんでしょ。それだったら翻訳なんて七面倒なことはその分身に任せちまえばよくないですか?」

「それってよく言われるんだけどよ、実はそう簡単でもねぇんだよ」

「そうなんですかい?」



傀儡人形(パペットドール)ってのはよ、術者からある程度の距離が離れると、その効果が切れちまうんだよ。なにせ常時、魔力を送り込んでおかなきゃならねぇ。魔力が届く範囲を超えると依り代(ヒトガタ)に戻っちまう。だからある程度は、近くにいなきゃなんねぇのよ」

「へぇ、でも、聞いた話じゃ、敵国にまえもって潜入させるような斥候用の傀儡人形(パペットドール)ってのもいるってききやしたが。それは何か特殊なもんなんですかい?」

「そうだな。そういう場合は強力な特注品の依り代(ヒトガタ)が必要なんだよ。あらかじめ魔力をたっぷり注ぎ込んだ特急品の依り代(ヒトガタ)がな」

「自分の分身をいっぱい作れば、いくらでも稼げると思ったら」

「そう、うまくはいかないもんだよ。ま、とりあえず。あんがとよ。報酬は、またこんど支払う」

「まいどあり! へぇへぇへぇ!」




ベルアミは満面の笑みを浮かべて小さくガッツポーズをした。


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