お仕事の依頼
聖都市フレイブルの中にある“フォレスタ冒険者ギルド”の中には酒場や食事処まである。
今はちょうどお昼時。
近場のクエストに出ていた冒険者たちが、休憩のために戻ってくる時間帯だ。
もちろんの事、中は様々な種族と年齢の冒険たちであほみたいにごった返している。
むせ返るような喧騒、土ぼこりと熱気が充満している。
「ぐへぇ……俺、ここ嫌い……汗くせーし、酒くせーし、何なんだよ、ったく」
その時、どんっと俺の肩にぶつかって来たのは真っ赤な鱗の鎧をまとった大男。
そいつはあやまりもせず、ふらついた俺を上から一瞥する。
そしてあろうことか、舌打ちして去っていきやがった。
俺はそいつの背中をぎりりと睨みつけた。
ふん、一目見りゃわかる。
派手なばかりで実用性の低いぴかぴかと光る装備品ばかり身に着けやがって。
ここは、見た目重視の意味のない代物を身にまとった連中ばかりだ。
武器や防具に派手さなんていらんのだ。
俺様の古びた呪具コレクションを見せつけたい気分だぜ。
傷だらけのしなびた武器が一番強いってことをわからせてやろうか。
「ちっ、嘘くさい連中だ……ほんとうに好かん」
俺は気を取り直してあたりを見まわす。
この時間は、いつもベルアミがここに立ち寄る頃合いのはずなのだ。
案の定、ベルアミの少し剥げ上がった細長い後頭部が遠くにみえた。
いつものように壁際の汚いカウンター席に座り、ひとり飯の最中だ。
俺は歩み寄り、隣の席にどすっと座る。軽く声をかけると、ベルアミは「ぶっ」と食いかけの拉麺をふきだし、目を丸くしてこちらに顔を向けた。
「あいやぁ、ウルの旦那、リラちゃんに会いに?」
「いや。リラは今お友達とパーティを組んで仲良くクエスト中だよ。しばらくは帰らん」
「へぇ、いいですねぇ。パーティ仲間がいるってのは。オレぁ常にソロ活ですからね」
「お前さんだったら、お仲間なんぞ無理に作る必要ねぇだろ。しっかし、ここはいつ来てもうるせー場所だよなぁ、ほんと嫌い」
「へぇへぇへぇ、なにせ昼間から、あんな感じで酒盛り合戦が始まりやすからねぇ」
ベルアミはそう言いながら親指で自分の後ろをさした。そちらに視線を向けると、確かに。
ジョッキに注がれたビールやらワインやらを高く掲げて騒いでいる連中がちらほらと。こいつらはいったいどういう素性の連中なんだ。ため息しか出ない。
俺はベルアミに視線を戻す。
「ベルアミ、今はクエスト中なのか?」
「いんや、午前中にひと仕事おわりやした。午後から何か探そうかとおもっていやしてね」
「そうか。ならばひとつ俺からの仕事の依頼を引き受けてくれねぇか?」
ベルアミは急に目を輝かせた。
「お、ラッキー。ウルの旦那は払いがいいから、優先しますぜ」
「よし。じゃ頼む。実はよ、ある人物について調べてほしいんだ。そいつはこの聖都市フレイブルに住んでいるようなんだが……」
「ほう、随分近場ですねぇ……でもそういった隠密行動ならウルの旦那の得意分野でしょう? 何か問題でも?」
「現在進行形でそいつが俺の事を嗅ぎまわっていやがるんだ。ここに来る直前にも」
「なるほど、すでにウルの旦那の顔がわれてるって事ですかい。そりゃ確かにやりにくい」
俺はベルアミに事の経緯を簡単に話した。ベルアミは、ふんふんとうなずいて聞いている。
「何かそいつの事で分かっている事はないんですかい?」
「今、わかっているのはそいつの住んでいる場所と、そいつが山羊人族の爺さんという事。それと……」
「はい……それと?」
「おそらく獣の紋章師って事くらいか」
「そこまでわかっているなら、半分以上は素性が分かっているようなもんですぜ。すぐに突き止めますよ。しかし、紋章師というのが気になりますねぇ……ちょいと気を引き締めていきやす」
「ま、俺の尾行には全く気がつかない程度ではある。紋章師かもしれないが、現役ではなさそうだ」
「なるほど。なんとかうまくやりますよ。任せてくだせぇ」
ベルアミはそう言うと脂っこそうな肉のぶち込まれた拉麺をずりずりとすする。
最近、こんなこってりとしたものを食っていない。もともと、俺は自分にかけられた呪いのせいで食欲がほとんどないってものあるが、見ているだけで、おえっとなる。
ベルアミは拉麺をすべて平らげると口元を腕でふき取る。
「そうそう。ウルの旦那。俺はこのフォレスタ冒険者ギルドってのが何なのか自分なりに調べたんですがねぇ」
「ほう」
「どうやらこのフォレスタ冒険者ギルドには“フォレスタ商会”という巨大な商会がバックについているようなんですよ」
「フォレスタ商会か……名を聞いた事くらいはあるが……」
「かなり手広く商売をしているらしく、最近じゃ貴族をもしのぐ財力を持ち始めている、なんて噂されているらしいですぜ。しかもその前身が問題でしてね……」
ベルアミは少し声を潜め前かがみに俺に顔を寄せる。
俺は油臭いベルアミの口もとを軽くよけつつ耳をすませた。
「フォレスタ商会を創設した人物ってのがね、どうやら隣国のアラビカ公国の出自だってんですよ」
「アラビカの……つまり、どういうことだってんだ?」
「わかりやせんか? 商売を隠れ蓑にしたひそかな侵略行為かもしれねぇってことですよ」
「まさか! ベルアミ、お前、陰謀論者なのか? そりゃ、考え過ぎだろう。アラビカ公国が過去にこのエインズ王国から独立したいきさつがあるとはいえ、今の両国の関係は良好なはずだが……」
「なんにでも表と裏があるもんですよ。それに、一度裏切った相手は、際限なく裏切るっていうでしょ? どうなる事やら。商人の財力を侮っちゃいけませんぜ」
「そりゃそうだが……」
その後、ベルアミと軽い世間話をした後、俺は冒険者ギルドを出た。
少し行った頃合いに、俺はふと後ろを振り返りフォレスタ冒険者ギルドの巨大な屋敷を見あげる。
入り口の扉の上にでかでかとかかげられている看板。
看板には、『フォレスタ冒険者ギルド』の文字、その上に大きな浮彫りが飾られている。
おそらくフォレスタ冒険者ギルドの象徴的な紋章のようだが。
この紋章、最近どこかで見たような。
なんだかここまで出かかっているのだが、うまく思い出せない。
「……としのせいかな、最近物忘れが出始めたぜ……ぷへ」
俺はもやもやしたまんま、冒険者ギルドに背を向けると、家路を急いだ。