人食い植物 アクマノオオグチ
ふと、疑いが芽吹くと、その疑惑はさらなる疑惑へと連なっていく。
地中ふかくにはりめぐらされた根をたどり、いつしか地底に眠るその根元に突き当たる。
ミルマルばあさんが金魂球と呼ばれる球根から生み出された“人を模倣した植物”である可能性は日を追うごとに高まっている。
なにせ、あの革表紙の日記帳には金魂球の成長経過が事細かに記されていたからだ。
乾いた空気の充満する、ミルマルばあさんの屋敷の書斎。
俺は、くる日もくる日も、あの日記帳の翻訳を進めていた。
「……数ある日記帳を翻訳してきたが、この一冊は特に重要な内容かもなぁ……日記としても、研究記録としても……」
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エインズ歴〇〇年
〇月×日
今日も一日疲れたなぁ。
金魂球を持ち帰り、自宅で育成し始めて数十日が経とうとしているがまだ芽はでない。この環境下では発育が遅いのか。土が合わないのか、無駄になってしまうかもしれないが、しかたあるまい。
この球根が腐れば、また新しいものを取りに行かねば、、、骨が折れる、、、
しかし、幸いなことに、私がこの球根をこのエインズ王国内に持ち帰ったことは誰にも知られてはいない。
この球根の採取に同行してくれたライラスリー以外には。
金魂球についての考察
もともと、この球根はある食中植物の根っこにできたコブから派生する。
食虫植物とは文字通り、生き物を食らう植物だ。なんとその大きさは私の背丈ほどももある。
この食虫植物はエフルの王国のごく一部の地域にしか生息していないようだ。
エルフの王国での呼び名を、、、、
我々の言葉になおすと、、、、ふむむ、そうだな“アクマノオオグチ”とでも訳すべきか。
“アクマノオオグチ”の実物を見た時は、その形の禍々しさにおもわず足がすくんだ。
巨大な黄金色の二枚の葉身(葉っぱ)は開かれたヒトの口のようだった。その葉から発せられる独特の甘いニオイ。そのニオイにつられて葉っぱの隙間にはいりこんだ生き物を一気に包み込み捕獲する。
捕まったら最後だ。抜け出すのは、ほぼ不可能となる。
なぜなら、その葉の周囲にはえている無数の棘には麻痺性の毒がしこまれているからだ。
棘にあたると一瞬で全身に麻痺が起きる。
麻痺性の毒で獲物の動きを止めたあと、その体を二枚の大きな葉で包み込み、葉の表面から溶解液を分泌する。そして、ゆっくりと時間をかけて獲物を骨まで溶かしていくのだ。
そして、そこから得た栄養分や魔力をその根に蓄えていく、、、と。
その根にたまった栄養分が一定を越えると、根の一部が変形し金魂球とよばれる球根になるようだ。
ただ、この球根ができる確率は非常に低く、見つけ出すには相当深い地中まで掘り起こさなくてはいけない。
実際に、持ち帰ったひとつ見つけるのにも相当な日数がかかってしまった、、、、うぐぐ
その“アクマノオオグチ”は、驚くことに虫だけでなく獣やその他の様々な生物を無作為に捕食するのだ。
ああ、おそろしや。もちろん私のようなヒトですら食われてしまう。
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日記によると金魂球という球根のもとになるのは“アクマノオオグチ”という食虫植物。その植物にできた根からごくまれに件の球根が発生するようだ。
「……かなり珍しい代物ってぇ事か……」
その時、俺は日記から素早く視線を外した。
まただ。
最近感じる、妙な視線。
いつからかこの書斎に入り、しばらくすると、かすかな気配を感じるようになっているのだ。
ミルマルばあさんではない、他の誰か。いや、他の何か。
気のせいと言われればそれまでなのだが。
しかし、今日はことさらに、あからさまだ。
俺は静かに目を閉じて、口元で呪詞(呪文)を小さく唱える。
右の人差し指をピンと伸ばす。
そして、その小さな気配のもとに意識を集中する。
本の山のさらにむこう、この部屋の壁際においてある高い本棚と、天井のかすかなその隙間。
俺の指先から延びる真っ黒の鎖は躊躇なく直線にのび、獲物をぐっと捕らえた。
「きゅぅ」という小さな悲鳴とともに、俺の手元に舞い戻った黒い鎖。
その鎖の先には、小さなネズミがとらえられていた。
鎖に体を絞られた全身灰色の子ネズミはじたばたと束縛を逃れようと必死だ。その真っ黒の瞳はぱちぱちとまたたき不安げにこちらを眺めている。拍子抜けだ。
「ふぅ……なんでぇ、最近この部屋をうろついていたのはお前さんだってのか……」
「きゅぅぅん……」
俺は魔術を解いて、窮屈そうにしている子ネズミを床に放した。
子ネズミは俺の手から離れた途端、ちょこちょこと左右に揺れながら、本の山の隙間を走り去っていった。
「ぶひぃ……ネズミなんかに気を散らされるとは……すこし休憩するか」
俺はひとまず、手元の小さな日記帳を閉じた。