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ふきつな日記

ミルマルばあさんの旦那が残したという古代文字で書かれた日記。

俺は時間があるときはその膨大な量の日記の翻訳作業にあたっていた。


かび臭い紙切れに殴り書きのように乱雑に記された日記もあれば、重厚な革に包まれた立派な日記帳に記されたものまである。

そして、その中身を読むまでは、その日記がいったいいつごろのものなのかは、わからないのだ。

時系列がバラバラなものだから、話があちこちに飛んでしまい、前後がまったくつながらないありさまだ。

俺はかすかに残る日付らしき数字と、羊皮紙の劣化具合を見ながら、その日記を本棚に順にならべていく。正しい順番かどうかはよくわからない、あてずっぽうだが、大きくハズれてはいないだろう。




「ふぅ……さて、お次は……」




俺は床に視線を落とし、散らばる本の一つをすくいあげる。

書斎の中央にあるテーブルをまわり古びた椅子に腰かける。背もたれにからだを預け、手にした日記帳を開いた。ほどなく、気になるページにたどり着く。




「……ん?」




俺は、日付の次に並んだ奇妙な表記に首をかしげた。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




エインズ歴??〇年

〇月×日



ミルマルが亡くなってから、すでに季節がひと巡り。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






俺はその文字から目を離すと、なんとなく周囲を見回した。

書斎の中はひんやりと静まり返っている。

階下から、かすかに物音が響く。

いま、ミルマルばあさんが俺の為に一階の流し場で、昼食を準備してくれているはずだ。

この日記を翻訳する報酬として、俺はその日の食事をリクエストしている。

ミルマルばあさんは快くその対価を承諾してくれた。

ミルマルばあさんは亡くなってなど、いない。

はず。




「なんだ。これは……」




俺は再びその不思議な日記に目を落とした。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ミルマルが亡くなってから、すでに季節はひと巡り。



宮廷魔術騎士団の魔法薬調合師として各地を飛び回り材料を採取する日々だった。

忙しくしていたから彼女のそばにいない日々は多かった。後悔してもしきれない。

それでも、たとえ遠く離れていても彼女がこの世界で生きているという事がどれほど私の心の支えになっていたのか。慰めになっていたのか。

いま、あらためて思い知る。



いま、私がいるのは、エルフの王国アルティアだ。

この国の中央にある、不思議の森の奥深くには金色に輝く泉があるという。

その泉の傍らに育つという植物に不思議な力があるという噂を聞きつけた。


同行者に本当の目的は伝えていない。

これはわたしだけの秘密。彼を共犯にするわけにはいかない。

しかし、目的の植物を探し当てるのは私一人では無理だ、協力が必要なのだ。

心の底から、すまなくおもう。

私の唯一のわがままなのだ。ゆるしてくれ。

我が親愛なるライラスリー。




この国の不思議の森の奥に潜むという、とある植物。

それは金魂球(おうごんきゅう)とよばれているらしい。

それは、死んだものを植物として育てることができるというある種の“球根”だそうだ。

動き、はなし、手に触れることができる生き物そっくりの植物に育つという球根。



挿絵(By みてみん)



その球根を見つけ出し、そだてることができれば、ミルマルをよみがえらせることができる。

しかし、残念なことに、このエインズ王国では“死者を蘇生させることに関するあらゆる魔術”は禁術に指定されている。固く禁じられている。この法を破れば重罪なのだ。

もしも死者蘇生に関する禁術をあつかえば、宮廷魔術騎士団を永久追放になるどころか、“紋章とりはらいの儀式”を受けなければならない。

この儀式をうければ、与えられた紋章は消え去り、魔力は消失する。

紋章師ではなくなるのだ。

生涯、魔術が使えなくなる身となるのだ。


しかし、それでもいいいのだ。

ミルマルの元気な姿さえ見ることができれば。

それでいいのだ。

たとえ、この身がほろぼうとも。



わたしは



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




背筋に悪寒が走る。

その時、書斎の空気にながれるかすかな揺れを感じた俺は、咄嗟に日記を閉じた。

くるりと書斎の扉に目をむける。

扉の向こうから漂って来る、どこかしら不吉な気配。

俺は扉を睨みつけた。


息をひそめていると、扉の向こうから声がした。




「……ウルさん、お食事ができましたよ……」




ミルマルばあさんの声がかすかに聞こえた。俺は立ち上がると、手にしていた日記を本の山の中に滑り込ませた。気を取り直し、返事をする。




「あ、あぁ、もうそんな時間ですかい。い、いま行きますよ」

「……どうかしたのかしら、なんだか少し慌てているようだけれど……」

「い、いや、別に。すぐ行きますよ」




扉の向こうのミルマルばあさんは「そう」と言うと、扉は開けずに去っていった。

俺は、書斎の窓に立ち寄ると、窓をしっかりと閉め鍵をかける。

そして、どこか、ふわふわと落ち着かない足取りで階下に向かった。


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