とある魔術の禁断書 ふたたび②
聖都市フレイブルの冒険者ギルドにたどり着くと、リラは早速扉を抜けて中に入りこむ。
屋内はいつも通り、がやがやと活気に満ちている。
しばらく視線を泳がしていたリラだったが、どこかのテーブルに自分の仲間たちを見つけたのか、こちらに振り返った。
「じゃ、行ってくるね」
「おう、気をつけてな」
俺が軽く手を振るとリラは奥の方に向かった。壁際にあるテーブルを囲んで座っていたあるグループのもとに駆けよるとそこで何事か話している。
ほどなく、テーブルに座っていた連中は沸き立つようなかけ声とともに一斉に立ち上がる。
そして、リラと一緒にギルドの奥にあるカウンターに向かって行った。
あれがリラの組んでいる冒険者パーティというやつだ。
どうやらさまざまな種族が入り乱れた多種族パーティーのようだ。
正直、あの連中がどんな連中かは知らない。遠目からみるくらいの関係だ。名前も知らなけりゃ、口もきいたことはない。一度、紹介しようかとリラに提案されたが断った。面倒くさいし、特にお近づきになりたいわけでもないしよ。
それに、なんとなくではあるが、そこに足を踏み入れてはいけないような気がした。
そこはなんというか、リラの世界のような気がしたからだ。
俺の世界とは違う、リラだけの世界というやつだ。
今までは、連中の先まわりをしてクエストがやりやすいような補助をしていたのだ。
前もって現地に乗り込み魔獣たちを片付けたり、後ろから尾行して安全確保をしたり。
しかし、それも終わりだ。
ミルマルばあさんのいうように、リラが自分で選んだことはリラが自分で為すべきなのだ。
もちろん心配ではあるが、これ以上、俺が出しゃばっても意味がないどころかリラにとっては好ましくない事なのかもしれないのだから。
リラたちはカウンターで受付をすませたのか、こちらの出口に向かって来る。
俺はすっと身を引いて、騒がしいギルド内の風景に紛れた。
息をひそめて、彼女らを見送った。
なんとなく、寂しいような気もするが。もう今回からは助っ人なしだ。
俺はぽつりとつぶやいた。
「……がんばれよ、リラ……」
「どーしたーんでーすかー? さびしそーなかおしてー?」
「おわっ!!」
突然耳元でささやかれた俺はブルりと飛び跳ねた。振り返るとベルアミがにやにやしながらこちらを眺めていた。
「なんでぇ、いたのか」
「リラちゃんたちの影の助っ人はもうしないんですかい?」
「ああ。心配だが、構いすぎもよくないだろ」
「まさか、リラちゃんにバレた? 怒られたとか?」
「そんなんじゃねぇよ。あいつは自分の役割を探しているんだ。俺がしゃしゃってもしたかがねぇと思っただけよ」
「へぇ~、なんだかなぁ」
ベルアミは疑り深い目をむける。
あぁ、うざい。
「ちっ、俺の事より、お前さんはどうなんだ。冒険者の仕事の方はうまくいっているのか?」
「ま、ぼちぼちですねぇ。あ、そいえば最近ウルの旦那の住んでいる地域で家畜が魔獣に食われる被害がでているそうですぜ。魔獣の捕獲依頼のクエスト募集がありましたぜ。気をつけてくださえぇよ」
「は? 俺の家の近辺なんかに魔獣がでるわけねぇだろ」
「それがねぇ、目撃者によると、でっかい口のバケモンだったらしいですぜ……あ、そういえば、ちょいと気になることがありやしてね……」
ベルアミは不安げにつぶやく。
「どうした?」
「いやねぇ。以前話したことがあると思いますが。冒険者ポイントに関してなんですが」
「ああ、クエストを達成するごとに冒険者に与えられるポイントの事だろ?」
ベルアミはどことなく神妙な顔つきになった。
「ええ。そのポイントを集めると冒険者ギルドから様々な特典を受けられるんですが。そのうちの一つに冒険者ギルドが管理している珍しい武器や防具、魔術書なんかをもらえたりするって特典の事を前に話しましたよね」
「ああ、そうだったかな。それがどうしたんだ?」
「その冒険者ギルドが管理している珍しい魔術書ってものの中に怪しげなのが混ざりこんでいるんですよ」
「まぁ、魔術書なんてどれも怪しげだろ」
「いや、その魔術書ってのがですね……禁術書らしいんです。キメラの錬成術の」
「キメラの錬金術の? おめー、それこないだ騒動になった王都から盗み出されたっていう、あの禁術書のこと?」
そんな馬鹿なことが。
宮廷紋章調査局が血眼になって探しているという盗まれた禁術書がそんなところに流れているなんて、にわかには信じられない。ベルアミもあまり信じてはいない話なのか、首をかしげながら話す。
「いやね。あくまでもうわさ話って程度の話なんですが……どうも気になっちまって」
「今もその禁術書は冒険者ギルドで保管されているのか?」
「リストに載っていたんですが、つい最近、リストから消えました」
「誰かの手に渡ったと?」
「そうなりやすね」
「あんな危険なものを、どこの誰かもわからん奴が手にするだなんて、どうなるかわからんぞ……」
あの悪夢が再びよみがえるのか。
これは、念のためにも、王都に伝えた方がよさそうだ。
少し前、キメラ騒動の時に、キメラ討伐部隊を率いていたのは。
「……ティアラか。マヌル領宮廷魔術騎士団、キメラ討伐部隊長、ティアラ……またの名を」
メンヘラ、ティアラ。