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男の子のつれ


少しの間、大自然の音色に耳を澄ませて身をひそめる。低い視界に沈んでいるとなんだか雑草にでもなった気分。


こんな険しい山道を子供ひとりで歩いてこられるものなのか。




「にしても、妙だよな……」

「なにがよ」

「なにがってよ、ジャワ渓谷(けいこく)の最奥にある、あの洞窟にいくには必ず俺の小屋のあたりを通らないといけないのに、全く気が付かなかった。あのガキを見る限りここ数日はこの辺りをさまよっているような感じだったが……そんな痕跡はなかった気がするんだよな」

「ふーん。なら反対側から来たんじゃないの?」



意表をついた返答に俺は思わず叫んだ。



「は、反対ってか!?」

「なによ、大きな声で」

「だって、お前、ジャワ渓谷(けいこく)の反対てぇと、アラビカ公国の領地だぞ。国境越えをしてきたってのか、あんな細っこいガキが」



キャンディは深く考えるようでもなく、こともなげに話す。



「だって、さっき連れがいるかもっていったのはアンタじゃない。子供一人じゃなければ、可能性はあるんじゃないの?」

「まぁ、そりゃ、そうだが……あぁ、なんだか嫌な予感、イヤな予感がしてきた。ボク、ポンポンが痛くなってきた」

「はいはい。ちょっと、もうそろそろいいんじゃない?」

「お、忘れてた」



俺は、会話を止めて木からちらりと顔をのぞかせ男の子をうかがう。

案の定、動き出した。悪ガキの尾行開始だ。








(ほ、やはりただの子供だ。あれだけ警戒していたわりに尾行には全く意識がむいてない)


川ぞいのゆるい傾斜道。距離をとって追いかけていくとすこしなだらかな広場に出る。

その先の岩陰に向かっているようだ。


目を凝らすと岩陰に髪の長い誰かがこちらに頭を向けて横たわっている姿が見えた。


やはり連れがいた。ここから見る限りはおそらく女性だろう。

キャンディの小さな声。




「……女の人、かな?」

「……だな。あの男の子がきていたブラウスはどう見ても女物だったからな」





 少し様子をうかがっていると、男の子は横たわっている女性の頭の横あたりにふいっと座り込んだ。何か話しかけて頭をなでている。




「さて、行くか……」



俺はそうつぶやいて、後ろからゆっくりと忍び寄る。

もうあと数歩のところ。ひっそりと男の子の背中に声をかけた。




「おとりこみ中、すいませ~ん」

「わぁ!」




男の子は飛びはねてこちらに振り向いた。目を丸くして固まる。

俺はとにかく落ち着かせようと両手をあげてゆっくりと、優しく話しかける。




「大丈夫だ。俺は熊じゃねーんだ。だから逃げるなよ。ホントに何もしないからな。その人は?」

「……僕の……母さんだ」

「そうか、お母様、だ、大丈夫ですか?」

「返事なんて、できるわけない」

「怪我でもしたのか?」




俺がそば歩み寄り、その女性を見下ろす。

彼女は目を閉じたままだ。その青白い顔は影が薄く、返事ができないほどに衰弱している。

男の子はじっとその女性の白い横顔を物憂げに見つめている。

俺は男の子の隣まで回り込み、肩を並べてしゃがみこんだ。

頭の先から足元まで、全身を改めて眺める。



女性の金髪は湿気てぺたりと首筋や地面に吸いついている。

薄い青のスカートをはいているようだが、ひざ下からは破かれているようだ。

山道を歩くために無理やり引きちぎったようにも見える。


両目は静かに閉じられたまま、まるで動かない。

俺は熱があるのか確かめようと額に手を伸ばした。そして、ふとその手を止めた。


この表情。これは、目を閉じているんじゃない。これは筋肉が弛緩(しかん)している表情だ。

そうだ。この女性はすでに、息をしていない。




「おい、まさか……もう」



その女性の手は胸の前で祈るようにしっかりと握られていた。キチンと指と指まで組んで折りたたまれている。


この子が彼女の最期を看取ってあげたのだろうか。

こんな小さな子供が、自分の母親の祈りのポーズを作るはめになるだなんて。


なんてこった。



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