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とある魔術の禁術書、ふたたび①

ミルマルばあさんの準備してくれた昼食がテーブルに並んでいる。

勢いよく肉を()むリラの隣で、俺は質素に豆を()む。

そんな俺たちを交互に見ながら、ミルマルばあさんは不思議そうに口をひらいた。



「食べっぷりが対照的ねぇ……ウルさん、ご要望通り、炊いた豆とお野菜のスープにしたけれど、本当にそれだけで足りるのかしら。大きな体にはまるで見合わないように見えるけれど」



俺は塩のきいた暖かい野菜スープをすするとゆっくりと喉に通す。



「ぷはぁ、うめぇ。これで十分。俺の体はちょいと()()でしてね……極端な話、数日くらいならば水だけでも持っちまうんですよ」



ミルマルばあさんは、俺のその言葉を冗談かとおもったようで「あら、まさかそんな……」と口元を押さえて小さく笑った。それを見ていたリラが口を添える。



「ミルマルさん。本当なんです。ウルってね、昔かけられた呪いの魔術のせいで、全部の事が普通の“半分以下”なんです」

「おい、なんだよ、その言い方は。まるで俺が半人前のダメ人間みたいじゃねぇか」

「だって、いつも自分でそう言っているじゃない。俺は半死人(ハーフ・デッド)だって」

「自分の事を、他人に指摘されると腹が立つってぇもんだろ」

「なによそれ」



ミルマルばあさんは「まぁ、まぁ」とたしなめる。リラが目をくるりと俺に向けて話題を変える。



「ウル。日記の翻訳は進んでる?」

「まぁ、ぼちぼち、だな。ところどころ読めない文字もあるが、大体の意味はわかる」

「ごめんね。わたしがやり始めた事なのに手伝わせちゃって……」

「まぁ、いいさ。お前は最近忙しいからな。色々と」

「えへへぇ……」



リラはどこか照れたように目を細めた。

俺は話しを続ける。



「それにしても……ミルマルさんの旦那さんてぇのは、本当に研究熱心な人だったようだ。あれだけの研究者ならば宮廷魔術騎士団ではなく宮廷紋章調査局の方に配属されてもいいはずだが……」

「それって、何か違うの?」

「この二つの機関は対をなしているのさ。そうだなぁ、簡単にいうと宮廷魔術騎士団は戦闘部隊、宮廷紋章調査局は|研究部隊とでもいえばいいかな」

「へぇ……」



本来ならば、匙の紋章師が重宝されるのは宮廷紋章調査局のほうだと認識しているが。

俺は前の席に座るミルマルばあさんの顔をちらりと見た。俺の視線に気がついたのかミルマルばあさんは俺の視線に応じた。




「あの人ね。王都に行くのを嫌がったのよ」

「……なるほど。宮廷紋章調査局にはいるとなると王都での生活を余儀なくされますからね」

「ええ。それに、日常生活にもかなり厳しい制約が課せられるみたいでね……聞いた話じゃ、宮廷紋章調査局に所属する際には何百ページにもおよぶ誓約書にサインをさせられるらしいのよね」

「そうです。ま、確かにぞっとしますね。罪人でもあるまいし、そんなふうに縛られた生活を送るとなりゃ、嫌がるやつが出てきて当然です」

「……もともと、あの人はわたしとおなじ地方の農村の出身でね。王都での縛られた生活は絶対に性に合わないと言っていたわ。実際に、あの人、王都からの誘いもあったみたいだけれど、それも断ってね。この領地内にずっと住むことを選んだのよ」

「ま、気持ちはわかりますぜ。その御方は俺と似ているのかも」

「うふふ、いわれてみると少し似ているかもね、ウルさんとあの人」



リラが噴き出す。



「うっそだぁ。ウルは本当にずぼらだし、あんなにきっちりと日記なんて書かないわ」

「けっ、日記を書いてりゃきっちりした性格だというわけでもねぇだろうが。あの書斎にある積み上げられた本の山を見てみろよ。昔の俺の部屋にそっくりだぜ」

「あ~……いわれてみれば」




リラは妙に納得した。俺はふとミルマルばあさんにたずねてみた。




「ミルマルさん。あの書斎の壁にかけられている白いローブは旦那さんの?」

「ええ。そうよ。もうずっと部屋にかけっぱなしにしているけれど」

「ありゃ、とても上等な魔獣の革を使っているようですぜ。おそらく白麒麟(ホワイトジラフ)の革だ」

「あら、そうなの? わたしよくわからないけれど。あの人、そういう話はわたしには全くしなかったのよねぇ。研究や魔術の話はわざと避けていたような気がするわ……そうだ。もし気にいったのならば、翻訳のお礼としてあの白いローブを持って行ってもらってもいいわよ。わたしは使う事もないし。あの人だって同じ紋章師に譲るというのならば、喜んでくれるような気がするわ」



俺はあわてて手を振る。



「いやいやいや。さすがに、あんな上等そうなものはいただけませんよ。俺はこうして、おいしい食事や紅茶をいただけるだけで十分です」

「あら、お上手なこと。でも、そんな風に言ってもらえると、とっても嬉しいわ……あら、リラちゃん、あなた、今日は、冒険者ギルドに行くんじゃなった?」



ミルマルばあさんの言葉にリラは「あ、いけない」と小さく叫んで、飛び跳ねた。部屋の隅に置いていた荷袋にかけよるとあわただしくそれを背に担ぐ。

そのまま「ご馳走様」と笑顔を向けると扉を目指した。


俺も腰を上げるとミルマルばあさんに礼を言い残し、リラと共に街の冒険者ギルドに向かった。

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