日記の翻訳作業
日々、俺のもとには様々な呪いに関しての仕事の依頼が舞い込んでくる。
その依頼の合間を縫って、俺はミルマルばあさんの家に通う事となった。
そして、ミルマルばあさんの夫が残したという日記を読みふける毎日。
今日も今日とて。
俺は、ミルマルばあさんの家の書斎に入り込む。そして、舞い散るほこりと、うずたかく積まれた本に囲まれながら古代文字の辞書を片手に日記と睨めっこをしている。
難解な古代文字で書かれた、どこぞの男の日記を翻訳する、という地獄のように退屈な作業。
かと、思いきや、意外や意外、その日記は読めば読むほど、実に味わい深いものであることがわかってきた。
「……それにしても……ミルマルばあさんの夫、という人物は本当に魔術研究の虫のような男だったようだなぁ……頭が下がるぜぇ」
その日記によると、彼は、エインズ王国以外の周辺国にも頻繁に足を運んでいたようだ。
各国を巡り、珍しい草花を採取し、持ち帰る。そして、すりつぶして、ろ過して、混ぜていく。それらを魔術で調合し新しい魔術薬を生み出していく。その過程が事細かに書かれている。
「ふうむ……おそらくこういった内容の公式の報告書はべつにあるはず。この日記に関しては、あくまでも私的な記録のようだ……」
日記の中の主人公は“匙の紋章師”だ。
匙の紋章師は“調合術”をつかい様々な効果を持つ魔術薬を作り出すことができるのだ。
俺は古代文字で書かれているその日記を粛々と翻訳する。
そして、隣の羊皮紙に“いまの文字”をつかい、その内容をカリカリと書き写していく。
「……あー目がしょぼしょぼする。年っていやだねぇ……」
ある日の日記の一節はこんな感じだ。
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エインズ王国歴〇〇年
〇月×日
昼
森の中でいったい何日過ごしているのか、しんどー
今朝は朝から霧がひどかったなぁ
からだ中が霧につつまれていた、ほんの数歩先も見えなかった、怖かったな
間違えて毒霧の発生地帯にはいりこむところだった
しかし、山羊人族のライラスリーのおかげで助かった
ナイスだぁ!
×××バウはう!!!(?判読不能、たぶん何かの感嘆詞)
山羊人族は何と言っても聴覚と嗅覚が異常に発達しているのだ
ライラスリーが毒吐蛇の吐き出した毒のニオイに気づかなければ奴のまき散らしていた毒霧の罠にあやまって迷い込んでいたところだ
やつの毒を吸い込むと体がくさっていくらしい
ああ、考えただけでもおそろしい
下手をすると調査団が全滅していたかもしれない
やはり山羊人族は調査団にかならず一人は必要
ふむむ、、、体の中で腐るとすればどこが一番ましだろうか
手? 足? 目? 口?
手はこまる、古代文字がかけない
口もこまる、魔術を唱えられなくなるから
目はこまる、古代文字が読めなくなる
一番ましなのは足ということか?
まぁぜんぶいやだ
夜
大蛇リンカルスの毒の回収まではできなかったが、奴らが好んで食うという毒草の採取には成功した、持ち帰れば解毒薬の材料になる
いくつかの見た事のない花を見つけた
奇妙な形
ちょっとキモイかも
持ち帰るのは危険、絵のみ
はーーーー今日も一日生き延びた
我が愛しの妻ミルマルはどうしているだろうか
ああ
いとしのミルマル
〇〇〇××□!!!(?判別不能)
わたしのような阿呆と契りを結んだばかりに心配ばかりかけてしまっている
帰ったら、目いっぱいの抱擁を
いや、それよりも彼女はおいしい紅茶のほうを喜ぶだろうなぁ
それにしても、連中のいびきがうるさくてかなわないな
みんな寝るの早い
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そこまで書き写したところで、ほっと一つ息をつく。
「ふぅ……読む限り命がけの調査のはずなのだが、妙にふざけた文章だな。しっかし、書いた本人も、こんな風にどこの馬の骨ともわからん俺なんかに翻訳されるなんて、想像もしていなかっただろうな……ま、アンタの愛する妻からの依頼なのだから悪く思わないでくれ」
俺たち紋章師というのはあくまでも魔術師。
その魔術師の強さの根源の一つは魔力にある。言ってみれば魔力が切れてしまうといくら屈強な紋章師と言えど“ただのヒト”になり下がるのだ。
そこでだ、こういった匙の紋章師の生み出す魔術薬が重要になってくるのだ。
回復薬の基本である魔力回復薬や傷回復薬以外にも、様々な効果を生み出す魔術薬が存在する。
魔術薬というのは、いってみれば魔術の代替品ともいえる。
こういう先人たちの研究の結果、様々な魔術薬や魔道具がうみだされてきたのだ。
俺はふと考える。
俺には日記をつけるなんて習慣はないが、もしかすると案外とこうした記録を残していくのもいいのかもしれない。
ただし、俺の場合は草花の記録ではなく。
「今まで集めてきた呪具に関しての記録、かぁ……」
俺が一人でぶつぶつしゃべっていると、書斎の扉がノックされた。
ドアの向こうから、リラの笑顔が飛び出してきた。
「ウル! お疲れ様! お昼ご飯にしようってミルマルさんが」
「おお……ありがてぇ」
俺は腰を上げると全身のばねを伸ばした。
そして、廊下を元気に跳ね回るリラに続いて、階下に降りた。