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ミルマルばあさんの家の庭にて

「どうしたのかしら、ウルさん。浮かない顔をして」




ミルマルばあさんの優し気な声が俺の耳に届く。

俺はあごをのせていた右手をさっと片付けて、背筋を正すと声に向き直った。

そこには、いつものように紅茶の乗ったトレーを両手に佇むミルマルばあさんの姿があった。

ここはご近所さんであるミルマルばあさんの家の庭。

俺は、陽だまりの集まる庭にぽつりとおかれたガーデンテーブルに腰かけていた。ここでは時間がゆるやかだ。


ミルマルばあさんは微笑みながら俺の手元に紅茶のたゆたうカップとトレーを置くと、背を向ける。そして、再び足元の花壇のまえにしゃがみこんで、そこに居並ぶ花たちの水をやりを始めた。

俺はふと周囲を見渡す。

ここはまるで小さな天国。

天国なんてものがあるのかどうかはしらないが。あるとすればこういう場所なのだろう。

色彩をかき集めたような、カラフルな花たちがならぶ箱庭。

ミルマルばあさんは花の世話をしながら、俺に問いかけた。




「リラちゃんの事が気にかかるの?」

「へ? あ、えぇ、まぁ……あいつがポーション屋さんを開きたいっていう夢がある事はミルマルさんも知ってますよね?」

「そうね。その為にお金がいるから冒険者になったって言ってたっけ」

「ええ。俺は、なんだか腑におちねぇんだが、ポーション屋を開きたいって目標があるのはまぁいいんですよ。その為に資金が必要だってのもわかる。でも、そんなになんでもかんでも自分ひとりで準備したいもんなんですかねぇ……俺にもっと相談してくれれば、資金くらいならいくらでも工面してやれるんだがなぁ……」




ミルマルばあさんは、手元の花をいとおしそうに撫でながら水やりをつづける。一つ一つ丁寧にその作業を繰り返す。




「ウルさん。これはなくなった主人の受け売りなんだけどね。この世に生まれた草花にはかならず、なにかその草花にしか担う事のできない役割があるらしいの」

「やくわり……ですか」

「ええ。この庭にはいろんな草花があるでしょう。100種類以上はあるわ。いい香りのする花や、美しい花はもちろん。その反面、毒草もあるし、鼻がひん曲がっちゃうようなにおいを発する木もあるわ」

「へぇ……」

「そして、そのどれにも何かの役割がある。毒ですら使い方によっては、とても貴重な材料になる。だからリラちゃんも自分なりの“役割”を探しているんじゃないかしら。自分がこの世に生まれた役割を。だからきっと自分自身でやり遂げたいのよ」

「そういうもんですかねぇ……」




役割か。

俺はふと、自分の役割は何なのか考える。

この国の筆頭である大貴族べリントン家の男として生まれた俺の役割とは何だろう。

貴族として領民を守る事なのか、このエインズ王国を立派な国にすることなのか。

そして、ふと、父に言われた言葉を思い出す。



「お前は兄の予備(スペア)だ。兄の為に死んでくれ」



俺はあの時の父の顔を思い浮かべた瞬間に、自嘲気味の笑いが漏れた。



「ふっ……俺の役割は予備(スペア)なのかもな……」




その役割もまっとう出来てはいないが。

う、いかん、いかん。

俺は心の中でそうつぶやいて、考えを改める。僻みっぽい性格はあの時のままだ。

俺は気を取り直して、ミルマルばあさんの背中にたずねた。




「ミルマルさん。あなたの亡くなった旦那さんってのは、元宮廷魔術騎士団、そしてたしか“(さじ)”の紋章師でしたよね」

「ええ、そうね。いろいろな草花を“調合魔術”で変化させて様々な薬をつくっていたみたいね。わたしは魔術の事は詳しくはわからないから……こうしてあの人が残した苗や種をうえて育てることくらいしかできないけれど」

「育てることくらいしかって……そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。素晴らしい事だと思いますよ。なにしろ、あなたに出会ったおかげでリラはポーション屋をつくるって目標ができたんだから」

「うふふ、わたしもわたしの役割をまっとうできたのかしら」

「そうかもしれませんよ」




その時、庭先で誰かの声が響いた。

野太い男の声。

その声にミルマルばあさんは腰を上げた。



「あら、あの声……ハウミンさんかしら」

「お客さんですかね? じゃ、おれはちょいと、おいとましますか」



俺は慌てて紅茶を飲みほすと「ご馳走様」と言って立ち上がる。

しかし俺が腰を上げたと同時くらいに、ざりざりと土を踏みながら庭に男が入り込んできた。俺は立ち去る機会を逃してしまい、その場に立ったまま、ちらと男をみやった。



一番最初に目につくのはその突き出した腹だった。毎日たらふく食っているのか男は大きな腹を抱えるようにどっしりと立ち止まった。脂ぎってたるんだ頬。そこには岩にこびりつく苔のような無精ひげがまだらに生えている。後ろには大きな荷袋を背負っている。


男は鋭い眼光で俺を一瞥すると、きまりが悪そうに眼をそらした。そして、すぐさまミルマルばあさんに目をやった。




「客人か。すまないな」

「ごめんなさいな、ウルさん。すぐ終わるから座っててくださいな」




ミルマルばあさんはこちらに目をむけると苦く笑った。俺は「あ、はい」と返事をしつつどうしようか迷った。

肥え太った男は俺のことなど意に介していないのか、ひげに囲まれた唇を動かす。




「ミルマルばあさん、ちょいとわけてほしいものがあるんだ」

「今日は何だい?」

風切草(かざきりぐさ)眠り(インスミール)の花を少しばかり」

「あら、また冒険者たちに売るための道具作りかい?」

「そうだぜ。聖都市フレイブルに冒険者ギルドができてから、俺たちの商売がうまくいって仕方がねぇ。なんたってよぉ、冒険者に材料採取を頼み、そこからつくった道具を冒険者に売りつけるって寸法だ。こんなにぼろい商売はないぜ。ぶははは」




男はそう言うと、庭の奥へと進んでいった。ミルマルばあさんも男の後を追った。

取り残された俺はというと。

穏やかな時間をあの男に横取りされた気分で、どこか拍子抜けしちまった。




「……それにしても」




今の男の声と顔。どこかで見たような気がする。

さっきの二人の会話の内容から推察するに、あの男は街の道具屋か何かだ。そして何かの道具を作るために、ミルマルばあさんの庭にある貴重な草花を仕入れに来たという事だろう。

俺も時々は街に出て買い物をするから、どこかの店で、あの男と顔を合わせたことがあるのかもしれないな。

ま、女ならまだしも、こぎたない男の顔なんていちいちおぼえちゃいねえはずなんだが。

俺が立ち去る間もなく、二人はなにやら話しながらこちらに戻って来た。男は上機嫌に笑っている。




「ミルマルばあさんの育てている草花はマジで貴重だぜぇ。どうか取引は俺の店とだけにしてくれよな。ぶははは」

「わたしは大ぴらに商売をする気なんてないわ。でも、ここにある物を役立ててくれる人がいるのならば喜んでお分けするつもりよ」

「いやぁ、そりゃないぜ。どうか、どうか秘密にしておいてくれよな。ここは俺にとっちゃ宝の山なんだからよ」




男はそう言うとミルマルばあさんに何かを手渡し頭を下げた。

そのやり取りを見ながら、俺は思う。やっぱり、この男、見覚えがある。

次の瞬間。



「……あれ? マジかよ」



俺の小さな独り言に気がついたのか、男はこちらに目をむけた。

男は俺のまん丸の目に気がついたようで、不思議そうに顔をしかめる。

そして、ついに向こうもこちらに気がついたようだ。

俺達はほぼ同時に互いを指さして叫んだ。



「お前、あの時の!」




そうだ、少し前俺が街に買い出しに行ったとき。

冒険者の少年と決闘裁判だかなんだかをしていた、あの大男だ。

おぼろげだった記憶が、男を前にありありとよみがえる。




そうだ、確かあの時。

この男は山羊人(メェン)族の少年冒険者、ピリュートと喧嘩をしていた。

そして、俺はあの時、その喧嘩を終わらせるために、この男に王立金貨を一枚くれてやったのだ。男の方もはっきりと思い出したのか、口をふがふがと震わせてこちらを指さしている。そしてようやっと声を出した。



「あ、あんた。あの時、王立金貨を投げてよこした人だろ? なぜこんなところに。まさか、あんたもミルマルばあさんのところと取引しているってのか!?」

「いやいや、よしてくれ。俺は道具屋なんか、やっちゃいない。ちょいとした知り合いなだけだよ」

「そ、そうか。ならいいんだが。ま、まあこんな偶然もあるんだな、じゃあな」




男はそそくさと俺の隣をすり抜けると、背中にある大きな荷袋を担ぎなおし、慌てたように去っていった。

ミルマルばあさんが俺の隣で意外そうな声を出した。




「あら、あなた達、知り合いだったの?」

「まぁ、腐れ縁ってやつですかねぇ……」




俺はなんだか嫌な予感がした。俺の嫌な予感は、だいたい当たるんだもん。


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